演出家
「みなさんお疲れ様でした。いかがでしたでしょうか?
今回の3日間の審査は、
他のオーディションやワークショップと違い、
戸惑う部分も多かったと思います。
中には
『こんなのは、演技のオーディションじゃない』
と思われた方も多いかと思います。
しかし
この審査には”とある意図”がありました。
それは・・
「リアリティ」の追求です。
演技と言うものは、
いかに見ている人に分かりやすく
「表現」できるかと言う部分を問われる場合が多くあります。
他のオーディションやワークショップでは
その部分を追及される場合がほとんどだと思います。
しかし、私が求めている真の演技というものは
「リアリティ」の一点だけです。
いかに、「表現をせず」ありのままの姿で、
そこに存在することができるか。
いかに、「内側」から
感情を滲み出すことが出来るか。
もちろん、
審査事項の身体の柔らかさや記憶力などと言う部分も、
役者にとってはとても大切は基礎の部分ではありますが。
今回の審査では
「リアリティ」という一点のみで
基準を満たしていた人を合格とさせていただきました。
みなさんご参加ありがとうございました。
そして、合格した3名おめでとうございます。
早速、明日から舞台の稽古に合流してください。」
僕は、オーディションに合格した。
演出家は“審査の意図”を説明してくれたが
僕にとっては何一つ納得のいくものではなかった。
僕は決して「リアリティ」を
追求した演技を披露した訳でもないし
どう考えても“合格に値するレベル”には
達していないと思ったからだ。
ストレッチレディ
「デハ、コレデ3日間ノ審査ハ終了トナリマス。
合格シタ3名ハ、明日カラノ説明ヲシマスノデ、コチラ二集合シテクダサイ。」
不合格となった人たちは、
荷物をまとめてスタジオを後にし・・
合格となった3人は
ストレッチレディの元へ集まった。
ストレッチレディ
「デハ、明日カラ・・・」
ストレッチレディは、
淡々と説明を始める。
翌日からの稽古スケジュールや
10日後に迫った舞台本番について。
そして、午前組からは
男女1人ずつが合格し
最終的に舞台の出演が決定したのは
男性3人、女性2人だったということ
など・・
重要な情報を
淡々と説明していく。
しかし、僕の中の
悶々とした気持ちは収まらない。
ストレッチレディ
「以上デス。何カ質問ハアリマスカ?」
3人
「・・・」
ストレッチレディ
「ナケレバ、コレデ伝達事項ハ以上ニナリマス。
明日カラノ稽古宜シクオ願イシマス。」
僕
「あ、あの・・」
ストレッチレディ
「ナンデスカ?」
僕
「どうして僕が?・・」
僕は、思い切って
ストレッチレディに聞いてみた。
何故、僕が合格したのかを。
ストレッチレディ
「ソレハ・・・」
ストレッチレディは
少し躊躇いながらも・・・
ストレッチレディ
「あくまで私の意見ですが、
演出家はカサハラさんに可能性を感じたのだと思います。」
僕
「え?」
ストレッチレディ
「まだ“何にも染まっていない”カサハラさんの演技に可能性を。
それに私も、カサハラさんの演技、見ていてとても面白かったです。」
僕
「え?それって、笑えるほど、可笑しかったってことですか・・?」
ストレッチレディ
「そういう意味の“面白い”ではありません。ずっとカサハラさんの演技を見ていたくなったってことです。きっと演出家も同じだと思います。」
僕
「そうなんですか・・・」
ストレッチレディ
「それは役者にとって、とても大切な要素だと思います。カサハラさんの内側から感情が滲み出てくるような最後の演技、まだ粗削りだと思いますが、とても面白かったです。」
僕
「は、はぁ・・」
ストレッチレディ
「では、これを」
そういうとストレッチレディは
カバンから冊子を取り出して、3人に手渡した。
僕
「これって・・」
ストレッチレディ
「舞台の台本です。明日の稽古までに
しっかり読み込んで来てくださいね。」
僕は、生まれて初めて
“本物の台本”を手にした。
それは、思ったよりも
薄っぺらいものだったけれど・・
手に持ってみると
ずっしりと重かった。
この中には、
沢山のモノが入っているのだ。
ストレッチレディ
「デハ、合格者ノミナサン。
明日カラマタ宜シクオ願イシマス。」
そういうと、
ストレッチレディは
スタジオの階段を上って行った。