10/24公演迫る!鼓童×KURAGE Band スペシャル対談「たゆたう」(上)
10月24日(土)に迫った、新潟市・りゅーとぴあ劇場で開催される『鼓童×KURAGE Band特別公演 たゆたう』……大阪・関西万博でコラボレーションした「太鼓芸能集団 鼓童」と「KURAGE Band」の2組が、万博閉幕から1年という時を経て、新潟の地で新たなステージへと昇華する、まさに万博から生まれた“レガシー”と言える歴史的な公演となる。この2組の出会いと特別公演に至るまで、そしてこの公演に込めた思いなどを、KURAGE Bandのリーダーで大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務めた中島さち子氏、そして太鼓芸能集団 鼓童のメンバー・前田順康氏の2人が約2時間半にわたって熱く語り合った。
(上・中・下の3回で掲載します)
鼓童×KURAGE Band 出会い
鼓童・前田順康(以下、前田):よろしくお願いします。新潟でKURAGE Bandさんと公演をやるきっかけになった出来事は、これまでに何度かお会いして、さち子さんは佐渡にもいらしていただいたこともあって、去年の大阪・関西万博では鼓童のメンバーが一緒に演奏もしました。これまでちょっとずつあったいろいろな縁が大きくなって、今回の公演に繋がっているのですけど。
KURAGE Band中島さち子(以下、中島):やすさん(前田さん)との出会いは……ニアミスで言うと万博の開会式になりますかね?去年の4月13日に万博がスタートしましたが、前日の12日が開会式で、その日、開会式に出演される鼓童さんがクラゲ館の前で楽しそうにしている写真が(鼓童メンバーの)住吉佑太さんから送られてきたのです。そこにやすさんもいらっしゃった!
前田:大阪・関西万博のパビリオンのクラゲ館のプロデュースをさち子さんが担当していて、同時に僕たち鼓童は別の軸で開会式のオープニングアクトに演奏で参加をしていました。 開幕の頃、僕らは同じ時期に同じ万博の会場にはいましたが、実は顔を合わせることがなかった。でも公開前のクラゲ館という、さち子さんがプロデュースをしたパビリオンを、開会式で演奏したメンバーで見学させていただきました。
クラゲ館 ⒸKURAGE Project & steAm, Inc.
中島:4月12日の開会式での鼓童さんの演奏も本当に素晴らしくて、私、とても感動しました。そのときの写真もありますね。
前田:住吉佑太はアブダビから、他のメンバーはアメリカから帰国した後で、お互い海外に出て帰国したすぐ後に、この演奏機会があったという感じです。
中島:鼓童さんは要所で会場にいてくださって、開会式の日、いのちパーク初めてのイベント「いのちの祭り~World Life Band~Vol.1」の日(7月20日)、閉幕の最後の日、そして先日開催されたアフター万博のイベント(今年8月8日、9日)でも前田さんに参加していただいて……私の中では「重要な場面で鼓童あり」というイメージになっています。
中島:特に万博の会場お臍部にあった「いのちパーク」(8つのシグネチャーパビリオンの中央)でイベントをするというのは、正直私たちの悲願でした。1970年の大阪万博の「お祭り広場」みたいな意味合いの場所……万博というのはやっぱりテーマが大事で、1970年の大阪万博の時は「人類の進歩と調和」 というのがテーマで 、プロデューサーの岡本太郎さんがそれを表すシンボルとして建てたものが「太陽の塔」だったんです。今回の万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」というのがテーマで、それを一つの定義に集約するのではなくて、「いのちにはいろいろな定義がある」というコンセプトの中で、8人のプロデューサーという多様なメンバーが任命され、そのうちの1人が私でした。8人8様でしたが、「いのち」をテーマにしていることは共通でした。そして、その8つのテーマ館(シグネチャーパビリオン)の真ん中にあったのが「いのちパーク」で、すごく意味のある場所だったと思っていた中で、そこで何かをする初日に鼓童さんとやらせてもらったっていうのが大きなご縁でした。
“クラゲ”に込めた思い、“たゆたう”の意味
中島:クラゲ館やKURAGE Bandがやりたかったことは、「1つ」の方向に向かって……ではなくて、いろいろ人がいて、いろいろな強さも弱さもある、いろいろな凹凸がある、それ(あそび)が本当の意味の「いのちの強さ」に繋がる、ということ。そうした思想が実は「クラゲ」というテーマになった背景にあります。障害のある人も、家から出られない人も、言葉が違う国同士の人も、赤ちゃんもお年寄りも、踊りたい人もいれば絶対に踊らないという人も、いろいろな考えや特性の人がいる。そのいろいろな人が集まって、通じ合って、ゆらゆらと“たゆたう”ことができればと考えました。
前田:クラゲ館での演奏に私たち鼓童が参加するというのは、どういったなんかいきさつで決まったのですか?実は僕がそのこと自体を知らないのですが(笑)
中島:もちろん、まずはKURAGE Bandの中核メンバーであるチェ ジェチョルさん(韓国太鼓奏者)が鼓童さんと2024年に一緒に佐渡島を一周し、「山踏み」という特別公演を行ったことは大きい。この頃から想いは緩やかにみんなたゆたうように繋がっていたのかなと思います。そんな中、悲願のいのちパークでクラゲ館の冠で何か初イベントをしようとなった時に、KURAGE Bandとしては、珠玉のエチオピア芸能集団Fendika(ファンディカ)(正式なバンド名はEthio Color)、2024年からエチオピアとの国際交流を仕掛けてきた大阪府交野(かたの)市のサエキ囃子がやはり初日だろうと。その時に、ビビビッと、これはやっぱりここで日本を代表する鼓童さんにもお声がけしよう!!!とチェさんと共になった。なお、いのちパークでのイベント(いのちの祭り)は、絶対に海外のいろいろな国との交流・協奏を見せる場にしたかった。万博の意義は、やはり多くの国と地域が集まって半年も時を共にする点が大きい。テーマ事業は、日本という"国"を超えて、世界をつなぐ役割を魅せるべきだと。私たちKURAGE Bandが初めて行ったアフリカの国は2023年のエチオピアで、 その音楽や踊り、文化に衝撃を受けました。これからもぜひ交流を継続したい!となり、内閣官房「万博国際交流プログラム」を通じてどこかの自治体と一緒にやろうとなった時に、チェさんから提案されたのがコロナ禍で生まれた郷土芸能団体サエキ囃子さんがいる大阪・交野市でした(2025年7月20日にいのちパーク初のイベント「いのちの祭り~World Life Band~Vol.1」をKURAGE Band×Fendika×鼓童×サエキ囃子で実施、翌21日に交野市でも共演)。 今でも 交野市の多くの方(特に子供たち)がエチオピアを愛してくれていて、交流は続いています。交野市さんと鼓童さんもさまざまな交流をされていますよね!
前田:その7月の時だけじゃなくて、9月にも、クラゲ館常設の展示のところで鼓童のメンバーが参加をして、演奏をさせていただきました。
中島:クラゲ館では地下スペース「わたしを祝う」で、国内外の郷土芸能や祭りやさまざまないのちの旅が浮かび上がる360度映像(撮影:読売テレビ、編集・制作:大日本印刷、企画:steAm)の中で、毎日「いのちの旅」(作曲 中島さち子/演奏 KURAGE Band)の音源上で即興生演奏をしていました。
9月に1週間演奏に加わっていただいた鼓童の住吉佑太さんを含め、拡張されたKURAGE Bandとして会期全体で70名以上に関わっていただきましたが、毎回参加者それぞれが自由に毎回k十鳴る即興協奏をした。会期中にその数が5693バージョンとなり、「単一のイベントで行われた映像に合わせたライブパフォーマンスの最多バリエーション数」のギネス世界記録の認定をいただきました。「いのちの旅」は10月24日の「たゆたう」でも演奏させていただくので、クラゲ館ファンの皆さんにも公演に来てもらいたいですね。
多様なあり方に共感した「いのちの旅」
前田:僕にとってはクラゲ館でのこの「いのちの旅」は大きかったですね。自分が理想としている音楽体験……音楽だけじゃなくて、総合的なアートですが……僕も音楽が舞台上で演奏されるとか、客席で座って聴くとか、だけじゃない、もう少し“複合的”な楽しみ方ができるといいなと思っていました。そういうことにこの公演でアプローチしてみたい。たとえば歩いたり、踊ったり、踊らなくてもいいし……みんなで1つの音を集中して聴くのも楽しいんですが、映像に合わせて演者も即興的に変化していくような、自由というか、自由とも違う、みんながバラバラなんだけど同じものを享受している……なんとなく同期している、交わっているような……本当は音楽ってこういう感じだったんじゃないかと思うんです。お祭りとか、音楽とか。そういうことを自分はいつか鼓童の舞台でもやりたいなと思っていたので、すごく共感が持てました。KURAGE Bandの皆さんと一緒に公演をやりたいと思った、そのきっかけがクラゲ館の「いのちの旅」でした。
前田:その時の楽曲を是非一緒にやりたいということで、今回も上演します。即興なんですけど即興と言いつつリハーサルも重ねましたし、次にKURAGE Bandと共演するなら即興もいいけど作り込んだものもやってみたい、とクラゲ館での演奏を経験したメンバーと話していたので、そういうことも小さなきっかけが積み重なって、今回の共演に繋がった理由の一つです。だから今回は割とフリーみたいなテーマはあるんですけど、内容に関しては割と真面目に作っています。真面目に、って表現がおかしいですけど(笑)。
前田:僕自身、こういう音楽をこういう風に聴かなきゃいけない、ということを提案されるのが好きじゃないんです。たとえば今の世の中は何を買うにしても、見るにしても、体験するにしても、「こういう効果が得られます」「これを食べればこうなります」「この本はこうなります」みたいなことが強いじゃないですか。速攻性をうたうものも多い。でもそんな単純なはずがないというのが、自分の中での課題意識というか社会に対して思い続けてきたんです。一つの事柄を100人で見たら100通りの表現が出てくる方を僕はやりたいなとずっと思っていました。
中島:その思想を聞けば聞くほど、私たちは、感じている何かがめっちゃ似ていると思います(笑)。ステージで、こうエンタメとして一方的に見せるというよりも、もう“生まれてきちゃった”という感じで、生きている中で出てきて、そしていつの間にか誰かがまたそれに反応して、新たなものが生まれる、という感じがやっぱり面白いなあと思いますね。全部が“奇跡”のようで“運命”のような感じです。「わたしを祝う」でも最後はみんなが多様に歩いて踊り、盛り上がるのですが、ここでも踊りは強制しないことを何度もスタッフと話し合った。
前田:ずっと考えていたんですが、鼓童の中で僕が構成を担当するようになって、最初は鼓童の今までの文脈をすごくリスペクトして作る……そこが好きで入ってきているので。それを何度かやってく中で、斬新なことや新しいことというよりは、みんなに矢印を向けるにはどうしたらいいかっていうのが課題としてあって。僕自身、たとえば音楽フェスに行くと、なんでみんな同じタイミングで手を上げなきゃいけないんだろう、みたいなことを思ってしまう。みんなが同じ方向を向く瞬間がとにかく苦手なので(笑)。踊れと言われたら踊りたくなくなっちゃう。
前田:きっとそのさっきのキーワードで、いろいろな人がいるじゃないか、というのが、自分もそういうタイプだから、自分と同じように何かを押し付けられたり、元気?元気!では苦しいと感じる人にも、何かを届けたいなと思っていたんです。それをいつか鼓童でやりたいのですが、それをいきなりやるっていうのはなかなか難しくて、鼓童の公演に対してお客さんが楽しみにしてる要素ももちろんあるので。何かそのきっかけはないかなと思ってたところで、今回りゅーとぴあでゲストを呼んで公演をするという話が持ち上がった時に、KURAGE Bandさんとやれるなら、万博のクラゲ館でやっていた演奏のこと、皆さんの考えにすごく共感していたので、この公演をモデルとして新潟でやれれば、今後鼓童単独での公演の中でも自由な枠組みの公演ができるチャンスになるのではと思っています。