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いよいよ10/24開催!鼓童×KURAGE Band スペシャル対談「たゆたう」(中)

イベント

2026.10.22

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10月24日(土)に迫った、新潟市・りゅーとぴあ劇場で開催される『鼓童×KURAGE Band特別公演 たゆたう』……大阪・関西万博でコラボレーションした「太鼓芸能集団 鼓童」と「KURAGE Band」の2組が、万博閉幕から1年という時を経て、新潟の地で新たなステージへと昇華する、まさに万博から生まれた“レガシー”と言える歴史的な公演となる。この2組の出会いと特別公演に至るまで、そしてこの公演に込めた思いなどを、KURAGE Bandのリーダーで大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務めた中島さち子氏、そして太鼓芸能集団 鼓童のメンバー・前田順康氏の2人が約2時間半にわたって熱く語り合った。 (上・中・下の3回で掲載します)

数学の世界で知った多様性の大切さ

――中島さんは音楽家であると同時に、数学研究者という肩書もお持ちです。高校時代には国際数学オリンピックで日本人女性として初めて金メダルを受賞されたとお聞きしています。数学と音楽の共通項はどんなところにあるとお考えですか?
KURAGE Band中島さち子(以下、中島):数学だけで言うと、決して答えは1個だけじゃないというのが数学だと思っています。むしろ「答え」がなかったりする。「解」とはなんぞやとか、そういうところが数学の面白さなわけです。ちょっと視点を変えるだけで全然違う解になっちゃったりするわけで、数学ってめちゃくちゃ自由な世界です。私は逆にそういう数学の自由性、物事は目で見てわかるほど簡単ではなくて、その「見る」とはなんぞや、とか、その対象の「本質」とはなんぞやとか、いろいろあるよねということを、数学を通して味わってきました。めちゃくちゃ柔らかいんですよ。今の高校生までの数学ってある意味ではもったいないとも感じていて、もちろん学校で学ぶ数学もとても面白いんですけど、今は原則高校までは結果=解・答えがただ一つに決まっていて、それに向かってなるべく効率良く計算する、というのが基本姿勢……ただ数学というのはそれだけではない。「数って何だろう」とか、「解って何だろう」とか、「1って何だろう」とか、「角度って何だろう」ということを考え始めると、「哲学」に近いところがあって、ロジカルになることで逆に当たり前だと思っていたことが全然違う方向に広がる、ということに辿り着いたりしてすごく面白い世界なんです。
鼓童・前田順康(以下、前田):そんなふうに考えていらっしゃったんですね。
中島:そこから私がいまやっていることは、もしかしたら数学の影響もあるかもしれないと思っています。私自身は結構マイノリティについての活動をやっていますが、いつも「We are all Minorities」と思ってきました。「全員がマイノリティ」であると。(注釈:ちなみに、これはAll Lives Matterとは全く違う文脈で使っています!)
もっといろいろな人が仲良くなって、ごちゃまぜになる機会があればいいのになと思っていて……そういう機会があれば隣の人のことも自分のことも考えるきっかけになる。それがないだけで、知らないうちに相手を傷つけていることが結構あるのではないかと思っています。では自分がなぜこういう活動をしているのか、とよく聞かれるのですが、もしかしたら中学1年生の時にいじめられた経験が理由になっているのかもしれません。まだ若かったので孤独になってしまい、自分自身の中でどうしようかなと悩んでいましたし、そこから中学2年生になった時に数学に没頭していきました。そういういろんな経験があって、私自身も変わっている人間で、変わっているからこそ傷つくこともあるし、おそらく気が付かないうちに傷つけていることもあったのではないか。さらに世界に出たらやっぱりいろんな「正しい」があることもわかってきた。そういうことを経験しているうちに、良い風に言えば、おかげさまで、たぶん多様な“側”のいろいろなことに気付くようになったり、数学の世界と同じように、世の中は一面的に言えないことがたくさんあるよね、と思うようになったり……そういう社会、多様な人が多様に生きられる社会になったらいいなと思うようになり、思うだけではなくて動いていけるかもしれないと思うようになったり……今回の万博でプロデューサーという役割をいただいた時に、まさにそういうことを音楽などを通して表現していけるかもしれない、大きな機会だと思ってお引き受けしたという経緯はあります。

東京パラリンピックで感じたこと

中島:やすさん(前田さん)の話を聞いてみたいですね。
前田:一番大きいのは鼓童に参加していることだと思います。鼓童の活動を通して、日本中、世界中を旅させてもらっていますが、その街その街でいろいろな人に出会うわけです。それはミュージシャンとの出会いももちろんですけど、たとえばスーパーに行けばレジの人がいて、レストランに入ると隣に座る人がいて、タクシーに乗れば運転手さんと話をする……僕は対面してしまうとその人の人格をすごく感じてしまう、家族みたいに(笑)。この人も自分と同じように「人間」で思考と感情があるという気持ちになるんです。鼓童の活動をしているとそういう「人格を感じる人」が増えていくわけです。毎日違うホテルに泊まるから毎日違うフロントの方と知り合うわけじゃないですか。それを繰り返していくと「他人」がどんどん減っていく。たとえば飲み屋で隣の人と仲良くなって、お互いの身の上を話したりすると、人間はいろいろなことで喜んで、いろいろなことに傷つくんだな、と知るわけです。そうすると何が正しくて、何が正しくなくて悪なのか、答えが一つなわけではない、という気持ちになってきました。
中島:うん、なるほど。
前田:もちろん共生とか共存とか、社会全体の幸福……というような社会の目標は崇高だと思うんですけれど、何かそういう「キーワード」だけが一人歩きして行けば行くほど、反対に取りこぼされていくタイプの人間が多くいるんだな、ということを鼓童の生活の中で実感してきたんです。自分はそういうことにいちいち傷つくタイプだったんです。即効性あるものや、こうすればうまくいきます、みたいなことを謳っているもの、作られたもの、売られているものに対して、自分のことは本当は誰も分かってくれないんだ、といった気持ちになるんです。それをどうしたら自分自身が満足するのかということの追求を鼓童の自分の表現として研究している段階で……だから今一番は、みんながみんな同じ感想を持つことではなく、みんなが同じ「満足感」を持つ場を作ることが自分のテーマとしてあります。だから、自分が課題としているものを達成しようとすればするほど、知れば知るほど相手にも人格と正義があり……何とも言えない気持ちになってしまうんです。そこで、その答えを出すのではなくて、その過程をみんなで味わっていくということを、万博でも感じましたし、自分がその答えを出そうとする姿勢すら今疑っている状態です。その出した答えで傷つく人がいるんじゃないかと思うと、答えすら出さない方が良いのではないか、という思いです。
中島:うん。面白い。でもなんとなく分かります。
前田:きっかけは東京パラリンピックの開会式に鼓童として参加したことでした。5年前の2021年。障害を持つ方とプロのミュージシャンとで一緒に演奏をする機会があったんです。レコーディングの際に、ピアノを担当する方が指を動かすことが難しく、拍にうまくはまっていない箇所があったんです。その時に楽団のリーダーだった音楽家の方が「それが音楽じゃん」と言ったんです。僕はその言葉を聞いて、今につながる考え方を持つようになりました。「それが音楽じゃん」……自分がやっていたことは本当はもっと自由で、自分で自分の表現を狭めてはダメなんだ、こういうものだと定義しちゃダメなんだと気付かされました。発信する側も受け取る側も、その空間に存在している音楽やアートを、一つの表現で定義付けるということはしてはいけないのだという気持ちになりました。
中島:それが今回の「たゆたう」という公演に繋がってきたのだと思います。

公演名「たゆたう」に込められた思い

前田:今回の「たゆたう」というタイトルは、今回の公演プロデューサーと僕とでこの公演について話している時に、KURAGE Bandの皆さんと一緒にやることが決まって……「なんかクラゲっていいよね」みたいな話をしたんです。クラゲって自分で泳いでいるわけじゃないですよね?
中島:そうなんです。クラゲは脳がないので。
前田:でも、流されているというよりは、自分でヒラヒラ蝶みたいにしているわけじゃないですか。なんかその態度がめっちゃいいなと思ったんです。そういうふうに僕は実践したい と思ったんです。流れを変えるとか、流れに逆らうとか、 自力で泳ぐとか……そういうことじゃない。主体性があるようでない、ないようである、みたいな……「たゆたってる感じっていいよね」「たゆたうって言葉いいよね」という会話で生まれたタイトルなんです。僕はそもそもひらがなが好きなんです。自分の公演の名前や楽曲の名前をひらがなにするんです。これはなんか丸い感じ、だとか、日本語の面白さを感じられる。「たゆたう」という言葉を使っている人ってケンカをしなさそうですよね(笑)。
(下へ続く)
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