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よし、これで大丈夫だ

僕は必要なものを
リュックにつめて支度を整えると、

アパートを出て
勝負の会場へ歩みを進めた。


前日の朝は

「何をやるのか分からない」
という不安でいっぱいだったけれど・・・


この日の朝は

「何をやるかだいたい予想できる」
ことで生まれる


“求められていることに、
ちゃんと応えることが出来るか”


というプレッシャーでいっぱいだった。


でも、大丈夫だ。


そのために
限られた時間ではあるが、


初日の反省と対策を
しっかり練ってきたのだから。


僕は、

乗り慣れた都営地下鉄の改札を出ると
近くの自販機で缶コーヒーを買い、


それを一気に飲み干した。



「よし、これで大丈夫だ。」



海に飛び込んだら、もう助からない



オーディション開始15分前、
僕は余裕をもって会場に到着した。



スタジオにつづく階段を降りると

すでに他の参加者たちが、
それぞれのやり方で

”2日目の審査”に向けて
準備を進めている。



すると・・


「オハヨウゴザイマス。男性ハコチラノ更衣室デ動キヤスイ恰好ニ着替エテクダサイ。」


ストレッチレディからの
お手本のようなご案内だ。


その無機質な対応は
まるでロボットのよう。

話す声もだんだんと
カタコトに聞こえてくる。


「ありがとうございます」


僕は前日に入ることが叶わなかった
「更衣室」の扉を開くと、

早速、動きやすい服装へと着替えに移る。



「おっと・・意外と狭いな・・」



更衣室とは言っても、
半分は物置小屋となっているスペースだった。


背負っていたリュックを下ろすと、
僕はまず大学のサークル時代に着用していた


「サッカーのユニフォーム」

を取り出した。


そのユニフォームの背中には
「kasahara」と入っている。


そう演出家に
名前を覚えてもらうために僕は、

「名前入りのユニフォーム」
動きやすい恰好に選んだのだ。


反省を踏まえるだけでなく・・


前日からの巻き返しを狙って
いろいろと策を練ってきたのである。


そして、次にズボンを穿き替えようと
僕はリュックの中に手を入れた。



その瞬間、背筋がゾッとした。



「あれ・・・?」



サーっと、血の気が引いていくのが分かる。




「着替えのズボンって、入れたっけ・・・」



入れた記憶が、全くなかった。



そして僕は、
恐る恐るリュックの中に手を入れた。



すると、



中に“あるモノ”が入っていた。




それは・・・



「トランプ」だった。




「いや、今日必要なのは、これじゃねぇ・・!!」




策を練ることばかりに意識がいき・・


僕は
“着替えのズボン”を忘れるという
大失態を犯してしまった。



しかも・・



「よりにもよって・・・
こんな日に限って、ジーパンだ」




最悪、上の着替えを忘れてしまっても、
この日は動きやすいTシャツだったので、

なんとかなったかもしれないが・・


「ジーパン」は
動きやすい恰好の、最対極のソレである。




海に飛び込んだら、もう助からない。



「2日連続で動きやすい恰好を忘れるのはヤバ過ぎる・・」


勝負のオーディションに向けて、
初日の反省を踏まえて最善の準備を施したはずが・・


まさかの初日と
「同じミス」を犯してしまうとは。




狭い更衣室の中で僕はひとり、
頭を抱えながらしゃがみ込んだ。

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カサハラケント
カサハラケント (笠原賢人) 1988年5月17日生まれ 新潟県新発田市(旧紫雲寺町)出身 2011年、大学を卒業後、 役者・絵描き・クリエイター活動を開始。 役者としては、 主に舞台(40本以上)やCM等で活動。 絵描き・クリエイターとしては、 個人や企業・行政から依頼多数。 横浜の商業施設でのグッズ販売に、 ZeppTokyoで開催されたファッションイベントでは 自身作成のロゴがメイン採用。 2019年には、 地元新発田市の図書館で個展も開催。 また、2018年からは 新発田市と共同でプロモーションムービーを制作。 2021年に高校生とともに企画・制作したCMは 「新潟ふるさとCM大賞」で準グランプリを獲得。 その他にも、 舞台やコントライブの脚本や、 人気バンドユニットの小道具制作など 幅広くクリエイター活動を展開。 将来の夢は、 「新発田で映画を撮る」こと。 そして、全国の人に 「新発田」を「しばた」と 読んでもらえるようになること。