「ケント、明日会えない?」
あわあわあわあわあわ・・・
Nさんからの突然のメール。
僕は慌てふためく。
「ぬ、ぬおぉ・・怖い、怖すぎる!」
嫌だ!行きたくない!
だって絶対怒られるじゃん!
僕はすぐさま
「嫌です」と返信しかけたが、
さすがにここは行かないと・・
一度ちゃんと謝らないと・・
「何も残らなかった」僕ではあったが
さすがに人として、
大切な部分だけは失ってはいけない。
「・・・・はい。大丈夫です。」
震える指で、
僕は、送信ボタンを押した。
そして翌日。
僕は、恐る恐る待ち合わせの
カフェに到着した。
奇しくも、
そのカフェはおよそ1年前
Nさんがオーディション雑誌を持参して
「養成所」への入所を勧めてくれたカフェ。
「なんか、懐かしいなぁ・・」
なんて思いながらもカフェの中を覗くと
すでにNさんは席についていた。
「・・・怒られるのも覚悟のうち。」
僕はこの日、想像しうる、
いろんなパターンの怒られ方を予習してきた。
どんな怒られ方をされても、
心が折れないように・・・
冷静でいられるように・・・と。
僕は、扉の外で、大きく深呼吸をした。
「よし大丈夫。悪いのは僕だ、全部を受け止めるのだ。」
僕は意を決して、お店の中に入った。
さぁ・・
Nさんの最初の一手は
何から始まるのか・・・
“いきなり席を立っての激怒”、も予習済み。
“飲みかけのお冷を顔にかけられる”、も予習済み。
“無言でビンタ”、も予習済み。
さぁ、どのパターンでも大丈夫!
どんと来い!
Nさんは僕の入店に気づくと
僕に向かって・・・
“軽く会釈”した。
なぬっ!?
“軽く会釈”のパターンは予習していなかった!
あわあわあわあわあわ・・・
初手から予想外のパターンに
僕は前日に続き、慌てふためく。が・・
「・・・ん?」
いや・・
待てよ・・
軽く会釈?
あれ、この感じ・・・
あの時と、
同じシチュエーションじゃないか?!
そう、1年前、
同じこのカフェでの初手もそうだった。
Nさんは僕に気づくと
“軽く会釈”
普段なら
「あら、ケント!!!おはよ~っ!!!」
と元気に声をかけてくれるNさん。
しかし、1年前のあの時は
Nさんのただならぬ様子からの
“軽く会釈”に・・
僕はてっきりNさんから
“愛の告白をされる”のかと・・
トンデモナイ妄想してしまったのだ。
でも、その時は結局「養成所」の話になり、
僕の妄想は杞憂に終わったのだが・・・
なんだろう、この胸騒ぎは・・・
まさか、1年の月日を経て・・・
今回こそ“愛の告白”を
されてしまうのではないか!?
あり得る!
これはあり得ることだ!
思い返せば1年前。
あの時の僕は、まだ学生の身分。
まだ一人の人間としても、
一人の男としても半人前だった、若き頃。
Nさんは、
僕が大学を卒業するのを
待っていたのかもしれない・・
そう一人前の漢になるのを
待っていたのかもしれない!!
そうか・・
そうだったのかNさん。
・・・・気づいてやれなくて、ごめんなぁ。
あの頃は、俺っちもまだ幼かったもんでぇ、
やれ自分のことで精いっぱいだったんや。
でも今となったら・・
この一人前の漢になった今なら
分かるってもんだ。
Nさん、
あんさんの“変わらぬ一途な想い”
ってもんがな。
でも、すまねぇ、Nはん。
あんさんは、家族ある身だ。
こんな何者でもねぇロクデナシなんかに
色恋うつつを抜かしている場合じゃあねぇんだ。
そんな暇があるってんなら
ちゃあんと、あんさんの家族を大切にしてやんなぁ。
俺
「Nさん、すまねぇ。気持ちは嬉しいんだがぁ、
もう俺ぁ、あんさんの期待に応えられるようなぁ、漢じゃねぇんだ。」
Nさん
「え?」
俺
「俺のことはぁ、もう、諦めてくんなされ。」
Nさん
「そっか…それは残念ね。
じゃあこれはもう必要ないわね・・」
僕
「え?」
Nさんはカバンから
1冊のオーディション雑誌を取り出した。