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これしか打開できる道はない




大学1年の秋頃のこと。

僕は偶然テレビでマジシャンの
”ふじいあきら”さんがトランプマジックをする
映像を見かけたことがあった。


その時、番組で披露されたトランプマジックは


指定されたトランプが、
指を鳴らすと必ず毎回トランプの山の
一番上に瞬間移動する



という誰もが一度は
見たことがあるような


トランプマジックでは
”定番のネタ”。



僕はその”ふじいあきら”さんの
トランプマジックを見たときに


「凄いなぁ・・」


と感心すると同時に



これ、種がわかったかも・・・



と思い動画サイトなどをあさり、

“一番上に瞬間移動する”
トランプマジックの動画を、


ふじいあきらさん以外が披露するものも含め
何度も観返してみると・・・



「あ、完全にやりかた分かっちゃった」


となり・・・


すぐさまトランプを買って、
練習をしてみることにした。


すると、幸いなことに
手先が器用なこともあって、


割とすぐにそのトランプマジックを
習得することができ、


それを大学の友達に披露したところ、
すごくウケたのだ。


それからというもの、
大学4年間の大半は、


トランプマジックの腕をひそかに磨き続け、
常時10種類以上のネタを披露できるほどになり、


「トランプマジックやってよ~」

と、いつ言われても良いようにと、


リュックの中に
「トランプ」をずっと入れていたのだ。





演技とは全く関係性のない
”トランプマジック”かもしれないけれど、


この時はもう
「これしか打開できる道はない」
そんな思いだった。

演出家が仕掛けてくる



演出家
ほう。ここで、マジックできたりするの?





「は、はい、もちろんです!」





僕はポケットの中から
ついに逆転の一手である


“トランプ”を取り出した。




そして、小気味よく
トランプをシャッフルすると


数字の面を伏せた状態で、
まずは一枚「演出家」にトランプを取ってもらう。




「では、そのトランプを僕には見えないようにして、
みなさんで覚えてください。」



演出家は、
両隣の「脚本家」と「プロデューサー」にも
そのトランプのマークと数字を見せて・・



演出家
はい、覚えました





「ありがとうございます。
では、そのトランプを裏向きのまま束の中に戻してください。」



と言い、

僕が扇状に広げたトランプの束の中に
演出家はトランプをランダムに差し込んで戻した。



「では、この中から・・」



演出家
ちょっと待って





「え?」




演出家
このスタジオ全面“鏡張り”だよね。
君、僕が選んだトランプを鏡の反射で覗いてたんじゃない?





「あ、いえ・・」




演出家が仕掛けてくる。




「今回のマジックは、“トランプの数字”を当てるマジックではないので・・
僕が数字を見えちゃっていても実は問題はないんです・・!」




演出家
あ、そうなの





「は、はい・・!」




この演出家、
何ていう隙のなさなのだ・・・


あの一瞬で、
鏡で覗いてるんじゃないのか?」と
警戒してくるあたり・・


やはり只者ではない・・!!


その瞬間だった




そして、
僕の披露するトランプマジックは・・


ここからが勝負。


束の中に演出家に
ランダムで差し込んでもらった一枚のトランプが


これから何度も山の一番上に
“瞬間移動”してくるというものだ。





実はこの
一番上に瞬間移動してくるのには
“ある仕掛け”が必要になる。



この“仕掛け”というものは


トランプを持つ手元をじっと見られていると
確実にバレてしまうというリスクがあり・・


この“仕掛け”を成功させるためには


「相手の視線を誘導する」


という難度の高いスキルが必要になる。



僕はいつも大学の友人たちに
このマジックを披露するときは


「ではこれからこのトランプが・・・」


と、マジックの説明するときに
相手の目をじっと見ながら話し続けて


相手が僕と目を合わせた瞬間に
一瞬で“仕掛け”をほどこす。



この一瞬の“仕掛け”さえ成功すれば
あとは特に難しいことはなく・・


何度もトランプが山の一番上に
“瞬間移動する”という

不思議なマジックが成功するのである。




という感じでいつも友人に披露するときは
うまく「視線を誘導する」ことができていたのだが・・・



今日は、わけが違う。



僕にとって
“最後のチャンス”のオーディション。



相手は“3人”の審査員。

しかも、
そのうちの一人は

「鏡で覗いてるんじゃないのか?」
瞬時に警戒してくるような

“只者ではない”演出家。



そんな状況の中・・

絶対に失敗できない
というプレッシャー。



でも、やるしかない・・!!!



「ではこれから、このトランプが・・・」



僕は、トランプマジックの説明を始める。



3人の視線が、
僕の目に集まる瞬間を逃してはならない。




左右の「プロデューサー」「脚本家」は
僕の説明を、目を見ながら聞いてくれている。




しかし・・



「演出家」だけは
僕の手元をじっと見続けている。






それは僕が
“何かする瞬間”を逃さないがごとく。




「さきほど選んでもらったトランプが、
これから山の一番上に・・・」



マジックの説明も
残り少なくなってきた。


説明が終わるまでに“仕掛け”が成功しなければ
このマジックは失敗に終わってしまう。



つまり


僕の最後のオーディションは、
そこで“終わってしまう”




だが、

演出家の目線は
僕の手元からじっと動かない。



「山の一番上に“瞬間移動”してくるマジックを・・」



ヤバイ、もう説明が終わってしまう・・・


トランプを持つ手も震えてくる・・


どうする・・どうする・・・






その瞬間だった。



演出家
君、手が震えているね






演出家は、
僕の“目を見て”そう口を開いた。





「・・・へ、」






今だ!!!



“3人目”の目線が
僕の目に向いたその瞬間


心臓がはちきれそうになりながらも
ガクガクと震える両手で・・・



その一瞬で
“仕掛け”​ほどこすことに




成功した。





「へへへ・・・ちょっと緊張してまして(笑)」






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カサハラケント
カサハラケント (笠原賢人) 1988年5月17日生まれ 新潟県新発田市(旧紫雲寺町)出身 2011年、大学を卒業後、 役者・絵描き・クリエイター活動を開始。 役者としては、 主に舞台(40本以上)やCM等で活動。 絵描き・クリエイターとしては、 個人や企業・行政から依頼多数。 横浜の商業施設でのグッズ販売に、 ZeppTokyoで開催されたファッションイベントでは 自身作成のロゴがメイン採用。 2019年には、 地元新発田市の図書館で個展も開催。 また、2018年からは 新発田市と共同でプロモーションムービーを制作。 2021年に高校生とともに企画・制作したCMは 「新潟ふるさとCM大賞」で準グランプリを獲得。 その他にも、 舞台やコントライブの脚本や、 人気バンドユニットの小道具制作など 幅広くクリエイター活動を展開。 将来の夢は、 「新発田で映画を撮る」こと。 そして、全国の人に 「新発田」を「しばた」と 読んでもらえるようになること。

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