記憶力ゲームに続いての審査は、
初日同様の”演技審査”だった。
内容は・・・
「瓶のふたを開ける演技」
と
「野原で花を見つけたときの演技」
という2パターン。
この2つは、
初日審査の「コーヒーを飲む演技」のように、
全員が一斉に演技をスタートする形で審査が行われた。
唯一と言っていいほどの
自信のあった”記憶力ゲーム”で・・
出番が回ってこなかったことで
生まれた失望感からか・・
僕はこの”演技審査”に全く身が入らず・・・
気が付けば、それぞれ20分ずつ与えられた
演技時間もあっという間に、終わってしまっていた。
僕
「あぁ、どんどん審査が通り過ぎていく・・・
僕の挑戦も終わりが近づいているんだな・・」
演出家
「では、本日の審査は、次で最後になります。
まずは、2人一組のペアを作ります。」
僕
「2人組で何をやらされるんだろう・・
相手の人に迷惑だけはかけないようにしないとだな・・」
自分自身の人生を賭けたはずの
大事なオーディションの場で・・・
相手のことを気遣ってしまうくらい
僕はすでに自分のことなんて、
どうでも良くなってきてしまっていた。
演出家
「では、私の方からランダムで組み合わせるので、ペアになった人はそれぞれ自己紹介タイムに入ってください。」
そう言うと、
演出家はランダムでペアを作っていった。
そして僕も年齢の近そうな男性と
ペアを組むことになった。
僕
「初めまして、カサハラと申します。」
男性
「カサハラ君ね!僕はヒノです!」
彼の名前は”ヒノ君”。
話す言葉は標準語ではあるが・・
どこか関西のほうの
訛りが混じっている感じだった。
僕
「ペアで何やるんですかね?」
ヒノ君
「そうだね、あの演出家のことだから何をやらされるかドキドキするよね~!」
ヒノ君は、緊張感を漂わせながらも、
この状況を心から楽しんでいる・・・
そんな様子だった。
僕
「あ・・!そういえば」
ヒノ君
「え?」
僕
「さっきの、“記憶力ゲーム”で、多数決でお題を決めるときに、唯一”駅名”で手を挙げてたのって、ヒノ君だったよね?」
そう。
あの時、“駅名”で
手を挙げていたのはヒノ君だった。
ヒノ君
「そうだよ!普段から電車に乗るのが好きでさ、
お題は絶対に”駅名”が良い!って思ったんだよ~!」
僕
「あ、実は僕も、電車に乗るのが好きなんだよね・・!」
という感じで・・
僕とヒノ君は自己紹介がてら
お互いのことを話し始めた。
話してみると、
妙なところで意気投合するところもあり、
オーディションの最中と言うことも
すっかり忘れておしゃべりしていると・・・
ヒノ君
「っていうか、自己紹介の時間、長くない?」
僕
「だよね・・演出家から審査の内容が全然発表されないね・・」
気が付けば、
ぬるっと始まっていた
この自己紹介タイム?も・・
すでに20分近く経過していた。
ヒノ君
「なんか、嫌な予感しない?」
僕
「する・・」
その時だった。
演出家
「はい、終了。」
え?何が終了?!
再び会場中に緊張が走り始めた。
演出家
「今、ペアの相手といろいろ会話をしてもらったと思いますので、明日の最終審査では、その相手の”演技”をみなさんにやってもらいます。会話をしていた最中に掴んだ、相手の話し方や動きや特徴、癖などを忠実に再現してもらい、そのペアの相手自身に、その演技を”評価”してもらいます。」
な、なんていう審査なんだ・・・
想像の遥か向こうをいく審査内容に
僕はいつも通り唖然とした。
って言うか・・
いくら20分近く会話をしていたからって、
相手の特徴や癖を集中して
見ていた訳ではなかったので・・
ヒノ君と言う人間の“ソレ”を
僕は全く掴むことができていなかった。
僕
「ヒノ君、これは大変な審査になったね・・」
ヒノ君
「いや・・・これ、すげぇ面白いよ・・」
僕
「え?」
ヒノ君
「カサハラ君。明日の最終審査、絶対に逃げないでね。
僕の運命は君にも掛かっているのだからね。」
僕
「あ・・うん」
ヒノ君の表情は、先ほどまで
会話していた時の柔らかさとは一変し・・
急に”鋭く尖り“だした。
演出家
「では、本日の審査はこれにて終了となります。
最終日、みなさん必ず参加してくださいね。」
そういうと・・
演出家はスタジオの階段を上がり、
外へと出て行った。