演出家
「では、稽古を再開します」
演出家が戻ってきた。
再び稽古場には
ピリッとした緊張感が走る。
演出家
「次は、“刑事のシーン”の続きからいきます。容疑者役は、所定の位置についてください。」
そう告げられると、それぞれ再開に向けて準備する。
10分間の休憩中に、僕なりにも、
代役の「キャラクター」というものを少しだけ固めてみた。
カサハラ
「(きっとこれが、この”代役”の正解ではないけれど・・・)」
それでも、
自分のやろうとしていることは
間違っていない、そう思いながら・・・
演出家
「では始めます。・・・・・パァン!」
合図と同時に、
稽古がスタートした。
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演出家
「パァン!はい、一旦ストップします。では、10分間休憩です」
そう言うと、
演出家はスタジオの外へ続く階段を上ってゆく。
台本10ページの、
時間にしておよそ15分間の稽古。
あっという間のものだった。
休憩中の僅かな時間で台本を読み込んだからといって、
やはり、すぐに演技に影響がという訳ではなかった。
セリフのタイミングを逃してしまったり、
噛んでしまったり、ぐちゃぐちゃになってしまうのは・・
先の稽古となんら変化はなかった。
しかし、それでも・・・
それまで感じていた
「違和感」というものが
少し薄くなった気がした。
「・・・少しは、役を落とし込めた感覚になったんじゃナイデスカ?」
ヒノウエさんがこちらにやってきて
小声でそう言った。
カサハラ
「・・・そうですね・・これが”落とし込めた”という感覚かは分からないですが、先ほどまで感じていた違和感のようなものが少しは無くなった気がします・・」
ヒノウエさん
「それは、とても大切なことデスネ。先ほどは少し厳しい言い方をしてしまいましたが、カサハラさんの中で少しでも良い変化があったのなら、ちゃんと伝えて良かったデス。」
カサハラ
「いえ!ぜんぜん厳しくなんてなかったです・・!むしろ、ああやってしっかり教えていただいて・・・本当に感謝です!」
ヒノウエさん
「それはヨカッタです。まだ、オーディション組のみなさんも今日が稽古初日とのコトですし、本番に向けてドンドン“遺族たち”を固めてイキマショウネ」
ヒノウエさんは、
ニコニコしながらそう言ってくれた。
すると・・・
ズシン、ズシン
演出家が階段から
下りてくる足音が聞こえてきた。
その瞬間
ヒノウエさんの表情からは
一瞬にして笑顔が消え去り・・
サッと演出家席の横に戻り、
台本を開いて読み始めた。
僕はその様子を
ポカンとしながら眺めていた。
演出家
「では、稽古を再開します。」