演出家
「では、みなさん、位置につきましたね。みなさんは薬で眠らされて監禁され、暗闇の中なんとか協力して、明かりをつけることが出来ました。しかし、安心はできません。そこは身に覚えのない部屋。そして、そこにいるのは身に覚えのない人たちばかり・・・・
パァン!!!!」
容疑者A
「ここは一体・・・」
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沈黙が続く・・・・
あっ!しまった!次は僕のセリフだった!!
カサハラ(容疑者H)
「だ、だだだ誰ですか!あ、あ、あ、あだ、あだ、あなたたちは!」
初手から、完全にヤラカシタ。
セリフのタイミングを飛ばし
そして、セリフをとことん嚙み倒してしまったのだ。
しかし・・
これは初手だけで収まることはなかった。
一度、心と身体の
歯車が狂ってしまったら最後・・・
カサハラ(容疑者H)
「ぼ、ぼぼぼくは、んだでぃもやってまぜん!」
・
・
カサハラ(容疑者H)
「あだだの、方が、あだあだあだ怪しいですよ!!!」
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・
カサハラ(容疑者H)
「は、はにゃくここから、かえ、帰りたい・・・」
・
・
・
最後まで・・
立ち直すことは出来なかった。
演出家
「はい、ここまで。」
前日同様、
刑事の入ってくる
シーンの直前でストップ。
演出家
「では、休憩にします。また10分後に再開します」
そういうと・・
演出家はいつものように
スタジオの階段を上がっていった。
カサハラ
「(うぉおおお・・・・)」
僕は頭を抱えてうずくまった。
予想通りではあったが、
予想以上に”何もできなかった”
タイミングも、
テンポも滅茶苦茶。
セリフも噛み噛みで、
まともに喋れたシーンは・・
ほぼ皆無といってよい。
カサハラ
「(もう、ダメかもしれん・・・)」
代役とは言え、これほどまでに
低レベルを”露呈”してしまっては・・
砂埃ほどの自信も
スッと消え去ってゆく。
始まる直前は、心のどこかでは
「意外となんとかなるんじゃないか・・・?」
と、いつものように
甘く考えてしまっていた部分もあった。
しかし・・・・
ここは”プロの現場”
今までのような誤魔化しは
”一切”通用しなかった。
立場も状況も
ヒノ君とは違えど
「降板したい」
「もう、ここに居たくない」
そう思ってしまうほど、
たちまち精神的にやられてしまった。
すると・・・
完全ヤンキー
「どうしたんや?」
完全ヤンキーが話しかけてきた。
カサハラ
「どうしたも、こうしたもないですよ・・・」
完全ヤンキー
「へ?何がや~?」
完全ヤンキーは、
ケロッとした表情で立っている。
しかし、それは
完全ヤンキーだけではない。
僕以外のオーディション組3人は、
難なく”代役”をこなし・・・
むしろ“代役”を
楽しんでいたようにも見えた。
同じオーディションを
生き抜いてきた仲間たち。
しかし・・・
カサハラ
「(みんなと、こんなにも大きな差があるとは・・・)」
唐突に、虚無感と
孤独感が襲い掛かってきた。
カサハラ
「みんな凄いですよね・・急遽”代役”やるってことになっても、平然とこなしてて。僕だけ何もできませんでした。セリフは飛ばすわ、テンポは悪いわ、噛み倒すわ・・・みんなの足ばかり引っ張って、稽古の邪魔しかしていません」
完全ヤンキー
「いやいや!そんなことなかったで~!カサハラ君も、良い感じやったで~」
カサハラ
「そんな慰めはいらないですよ・・・」
完全ヤンキー
「ホンマやって~!」
完全ヤンキーは真っすぐな目で、
こちらを見ている。
カサハラ
「いや、でも・・」
完全ヤンキー
「まぁ、個人的に”ダメやった”って思うのは、みんな同じやで。みんな自分の出来は気にしてしまうもんや。」
カサハラ
「・・・・」
完全ヤンキー
「まぁ、休憩後に演出家からコメントもあると思うから、それを聞いてみてやな~」
そういうと、完全ヤンキーも
「外の空気吸ってくるわ~」とスタジオの階段を上がっていった。
一方、僕は気を落としたまま
スタジオの壁に寄り掛かるように腰を下ろした。