「ズシン、ズシン・・・」
階段を下りてくる音が聞こえてきた。
演出家だ。
そして、
その横には完全ヤンキーもいる。
2人は、会話をしながらスタジオに戻ってきた。
その様子は、
なんとも不思議なものだった。
カサハラ
「(なんの話をしているんだろう・・それにしても、完全ヤンキーはあの演出家にも臆することなくコミュニケーションが取れるなんて・・やっぱりあの人も一味違うな・・)」
演出家
「では、稽古を再開します」
再び、スタジオ中に、
ピリッとした空気が流れる。
演出家
「ちなみに、さっきの稽古でしたが・・うん。なかなか面白かったですよ。」
カサハラ
「(え・・?)」
演出家
「”冒頭のト書き”のシーンの稽古もそうでしたが、新しく”代役”が入ったことで、今までとは違う”空気感”を作り出すことが出来ていました。」
2.5次元俳優
「確かに、そうですね。」
主演の2.5次元俳優さんも
続けて口を開く。
2.5次元俳優
「”本役”の容疑者役8人は、よく言えば”完成度が上がってきている”、しかし、悪く言えば”慣れ過ぎてきている”という部分を、昨日の稽古で感じていました。」
カサハラ
「(ほ、ほう・・)」
2.5次元俳優
「”冒頭のト書き”のシーンは、セリフのない言わば”アドリブ”が必要とされるシーンなので、毎回その場の空気によって演技内容が変化していくこともあるけれど・・・・今回のような”セリフ”のあるシーンは”アドリブのシーン”に比べると、どうしても、稽古を重ねることによって空気感や演技内容が”固まって行き過ぎる”という難点がでてくる。」
カサハラ
「(な、なるほど・・・)」
2.5次元俳優
「その点、今日は4人も”代役”が入ってくれたおかげで、新しいニュアンスの発見だったり、”演じる人”が変われば、当然”役”の人間性も変わる訳で、セリフの掛け合いで生じる感情やタイミングも、また新しいものが生まれてきて、凄くよかったですね。」
カサハラ
「(よ、よかったの・・・?)」
演出家
「その通りですね。代役をやってくれた4人はそれぞれに”上手く演技できなかった”と思う部分もあるかもしれません。しかし、考えてみてください。例えば、誰かと会話している時に、「会話のテンポがずっと一定」だったり、「言葉の言い間違え」や、「言葉を噛んだり」を一切しないなんて、普段の生活ではありえないことですよね?」
カサハラ
「(た、確かに・・・ありえないし、そんなこと意識しながら会話なんて普通しないものだよな・・)」
演出家
「それに、今回の作品では、みなさん手錠を掛けられて監禁されているという状況です。そんな中、冷静な精神状態で会話をできる人なんているんでしょうか?慌てて早口になったり、言葉を噛んでしまったり、会話がぶつかり合ってしまったり、無言の時間が続いたり、コミュニケーションがスムーズに行くことなんて、逆にありえないのです。
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”上手く表現しなくてはならない”なんて考えは捨ててください。
その空間、その状況で”自然に存在”することを、意識せずに、意識してください。」
カサハラ
「(意識せずに、意識する・・!?なんて難しいんだ・・)」
演出家
「では、そこを踏まえて、もう一度、今のシーンをやります」