社長の求める演技は
”リアル”
毎週末行われる演技レッスンも・・・
身体の繊細な動きから、しぐさ、癖、発声まで
そのすべてに一切の”表現”を排除した、”究極のリアル”を追究している。
それは、とてもとても難しいもので・・・
”普段の生活のようにリアルに演じよう”
と思ってしまったら、
もはや、それはもう”リアルではない”
普段、生活している中で、
”リアルに演じよう”
なんて考えて過ごすことはありえないからだ。
動きだけではない、見えるもの、頭の中も。
そして、自身の置かれる環境、空間もだ。
もしも
「”満員電車の中”の演技をしてください」
と言うお題が出たらとしたら・・
例え自分の目の前に、社長や他のレッスン生がいて
そこが、ガラス張りのレッスンスタジオの中だったとしても・・
自分の置かれた状況を
“ぎゅうぎゅう詰めの車両の中”に変換させなければならない。
そして、
居もしない多数の人間に
押し潰されながら電車に揺られ・・
さらに、その電車は、
何時発のどこ行き電車なのか、今どこを走行中なのか・・
なぜ、僕は電車に乗っているのか?
電車に乗る前は何をしていたのか、
このあと、どんな用事が待っているのか、など
普段の生活の“一片”を
そのまま切り取らなければならない。
そして、
そこまでをしっかりと作り上げてから
初めて奥底から生まれてくる
リアルな感情、リアルな動き、リアルな言葉
それを、うちの社長は求めている。
いや、極限まで追求しているのだ。
言葉で説明するのも難しいけど・・
これは
心身が擦り切れるほど消耗する
本当に本当に難しい演技法なのだ。