その数日後。
僕はアルバイト先で
Nさんと少しだけシフトが被るタイミングがあった。
Nさんは
僕を見かけるやいなや
「ケント!ドラマのオーディション、書類通過した!?」
と、予想通りガンガン詰め寄ってきた。
僕
「いいえ・・たぶんこの時期になっても連絡がないってことは、
ダメだったんだと思います。」
Nさん
「そっか、残念だったわね・・・ケントなら絶対いけると思ったんだけど・・・」
僕
「本当に、すみません。」
Nさん、本当にすみません。
僕
「でも・・」
Nさん
「え?」
僕
「実は、“舞台のオーディション”の書類審査が通過したみたいなんで、
気持ちを切り替えて、こっちで勝負してきます」
Nさん
「え?舞台のオーディション!?」
僕は、Nさんに見せようと持ってきていた
オーディション雑誌をアルバイト先でこっそり広げ
Nさんに詳細を話してみた。
Nさん
「ケント・・凄いじゃないこの舞台!!こんな有名な人たちと共演できるチャンスなんて・・滅多にないことよ~!それに・・・」
僕
「それに?」
Nさん
「これは、別の“大きなチャンス”にも繋がる可能性があるわ・・」
僕
「え!?どういうことですか?」
Nさん
「この舞台に出演するキャストのみなさん、
大手の事務所に所属してる人たちばかりよ・・・
と言うことは、
このオーディションに合格して舞台の出演が決まれば・・・
まだフリーの状態のケントなら、
その大手の事務所に勧誘される可能性もあるってことよ~!」
僕
「な、なるほど・・・!」
さすが、元アイドルのNさん。
生まれてくる発想も只者ではない。
あの、“5社の勧誘”を断った日から・・
およそ2か月。
思いもよらぬ展開との遭遇に、
一気に全身に緊張感が走る。
やばい・・今度こそ・・
今度こそ、この“大チャンス”を
逃すわけにはいかない・・!!
Nさん
「すべては、この“オーディション”のために、
今までがあったのよ~!」
僕
「確かにそう考えても、おかしくはありませんね・・」
Nさん
「そうよ!ケントが養成所で1年間、
演技の勉強をしてきた成果がここで発揮されるんだわ!!」
僕
「はい、そうですね。」
もはや、「音楽コース」だったことを
口に出すタイミングは失っている。
ただ・・・
僕
「今回こそ絶対に・・
このチャンス、掴み取って見せます」
Nさん
「その意気よ~!」
今回・・
僕には、自信があった。
“演技未経験”という
負い目を感じながらでも・・
僕には、自信があった
のである。
一体、何故か・・・
それは・・
「応募数が絶対に少ないはず」
と、睨んだのが一つだ。
今回の“舞台のオーディション”。
この募集は、
オーディション雑誌の中に
“小さく掲載”されているだけであった。
そう。
「こんなに小さく書かれたオーディションの情報なんて・・
誰も気づくヤツいないだろ~!」
と、僕は、睨んだのだ。
僕が気づけたのは
本当に“偶然”である。
あの時の、
“すさまじい焦り”がなかったら
きっとあのページは
スルーしていたに違いない。
そしてさらに・・
オーディション情報の詳細をよく読むと
募集要項の最後に、実はこう書かれていたのだ。
「※芸能事務所に所属されている方は、
このオーディションにはエントリーできません。」
そう。
この段階で、
芸能事務所に所属している人は
エントリー対象外
僕と同じように、無所属の「フリー」の人だけが
応募できるという縛りとなっていたのだ。
この時点で、
僕がオーディションに合格できる確率は
かなり高いものになってきている。
さらに・・
僕はこれまで
“「笑っていいとも!」の
オーディションでグランプリ獲得“
“養成所のオーディションで
準特待生として合格“
“勝負のオーディションで
5社から声を掛けられる”
という、
なんだかんだ
“オーディション”という勝負の場では
必ずうまく行くという・・・
「成功体験」を、収めてきた。
それゆえの自信プラス
『応募数が絶対に少ない』
『フリー限定』
という、
好条件も追い風となり、
“演技未経験”という負い目を
ぬぐい去ることができるほどの
不誠実な「自信」に
僕は満ち溢れることができたのだ。