能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県輪島市。ことし3月、炊き出しと乗馬体験が行われました。
企画したのは新発田市のラーメン店と胎内市の牧場です。地震から1年3か月……復旧が思うように進まず仮設住宅で暮らす住民もいます。被災地に届けたい思いがありました。
3月19日深夜0時前、新発田市にあるラーメン店「和玄」です。オーナーの本間和人さんはスタッフと準備に追われていました。
〈和玄・本間和人 オーナー〉
「背脂、今回は醤油ラーメンをメインで食べてもらいたくて」
計画したのが石川県での炊き出し……。 3月20日の「春分の日」にラーメン400食を提供するといいます。
〈和玄・本間和人 オーナー〉
「皆さんにおいしく食べていただければいいなと、ちょっとでも笑顔になれればうれしいなと思ってます」
材料を積み込み現地へ……。
一方、その頃……。
胎内市の牧場です。2頭の馬がトラックに積み込まれました。オーナーの松原正文さんです。
〈松原ステーブルス・松原正文 オーナー〉
「昔石川でお世話になっていたので」
Q金沢競馬?
「しょっちゅう通っていた」
こちらも石川へ……。
車を走らせること約7時間。到着したのは石川県輪島市。能登半島の北西に位置する静かな港町です。
2024年の元日、最大震度7の激しい揺れに襲われ、大規模な火災が発生。住宅の倒壊も相次ぎました。輪島市では196人が亡くなり今も2人の行方が分かっていません。
さらに……2024年9月には記録的な豪雨に見舞われ、町野地区では川が決壊。水は仮設住宅にまで及びました。
地震から1年以上がたった今も復旧は思うように進まず、住民たちは厳しい生活を強いられています。
〈住民〉
「地震でがんばっていた人たちの心も折れて、起きれないし寝れないし。でも動物は好きだから」
〈乗馬体験する住民〉
「ありがとう、ありがとう」
Qどうです乗り心地は?
「うれしい、うれしいだけ笑」
被災地を笑顔にしたい……。
これまでもボランティア活動をともにしてきた松原さんと本間さんが企画したのが乗馬体験と炊き出しでした。
〈和玄・本間和人 オーナー〉
「ありがとうございます、お母さん頑張ってくださいね」
背脂が入った本格的な醤油ラーメン……。
〈住民〉
「久しぶりだね、食堂もないから」「ラーメン屋さんなんて20キロ先」
熱々のラーメンに心も温まります。
〈住民〉
「おいしい」「あったかい」
すぐに行列が……。こちらの男性は新潟市からボランティアで訪れていました。
〈新潟からボランティア〉
「いてもたってもいられないというか、自分が来てもたいした力にはなれないんだけど、でもそういった力が集まれば多少なりとも前に進めるかなと思っています」
お昼時には地元の漁師の姿も……。
〈漁師〉
「ここら辺で定置網やっている」
地震で漁港が被害を受けこれまで漁に出ることができませんでした。それでも、この春から1年3カ月ぶりに漁を再開させるといいます。
〈漁師〉
「問題は網を張ってから、魚がいるかいないか。出てみないとわからないところがあるので、不安はあるけどやってみて」
魚は獲れるのか……。船は海を行き来できるのか……。
多くの不安がありますが、漁に出られる喜びを感じているといいます。
〈漁師〉
「絶やしたくないので。昔からずっとやっている、代々。頑張っていきたいですね、それだけですおいしかったです、元気になりました」
町野地区では地震のあと金沢市などへ引っ越す人も多く、過疎化が急速に進んでいます。
〈新潟出身の住民〉
「ここがふわふわしてる」
馬と触れ合っていたこちらの女性……。
出身は新潟市だといいます。
20年ほど前、結婚を機にやって来ました。
〈新潟市出身の住民〉
「もう家がめちゃめちゃになって住めないような。だいぶ良くなったなと思ったら、今度水害にやられてしまって」
自宅は地震と水害で大きな被害を受け取り壊したといいます。
〈新潟出身の住民〉
「先の住まいは未定、これからどうしていけばいいかなとかいろいろ考えたりしています」
Q不安になることはありますか?
「あります、外に出る、こういうのがあったりして外に出たり皆さんとお話するとまた元気になるんだけど、ひとりとかになって家とか壊し始めているとなってくると切ないというか」
支えになっているのが、この春から高校3年生になる娘の存在です。
校舎が被災したため地震のあと、半年間は地元を離れていましたがその時、町野地区の良さを見つめ直したといいます。
〈この春に高校3年生になる娘〉
「自然もすごい豊かで空気もきれいだし自分にあっている。ここが好き、能登が好きだなって思って。私は地元で就職しようかなと、農業を学んでいる、食品の加工とか農業系で地域振興をしたい」
高校卒業後は地元に貢献したいと考えています。
〈この春に高校3年生になる娘〉
「ラーメンもとてもおいしかったし、乗馬体験も最初は怖かったですけど、とても楽しくできたのですごくうれしいです」
〈新潟出身の住民〉
「あしたに向かってがんばっていくみたいな気持ちになって、本当にありがたい、ありがとうございます」
〈和玄・本間和人 オーナー〉
「こんなことしかできないががんばってください」
今回のイベントを企画した本間さん……。14年前の東日本大震災の時に、被災地で炊き出しを行い住民から元気をもらったといいます。
〈和玄・本間和人 オーナー〉
「全然復興してないとなにかしてあげなきゃって、お金じゃない。今ラーメン屋って物価高い、若い人の経験にもなるし、何かしてあげようという気持ちを少しでも持ってくれれば、皆さんがきょう一日だけでも笑顔になって、あしたからまた頑張ってもらえれば」
松原さんは20年以上前、金沢競馬場で調教師として多くの競走馬を育てていました。
〈松原ステーブルス・松原正文 オーナー〉
「こっちにも馬主さんとかもいたので、お世話になった方がこっちにいる、ちょっとでも馬で恩返しできるように」
いまは引退した馬が余生を過ごす「養老牧場」を運営しています。
〈松原ステーブルス・松原正文 オーナー〉
「うちは廃馬という殺処分の馬を命をつないでみんな頑張って生きてますよ、だから負けないでくださいねって」
地震と豪雨からの復旧……。集落の過疎……。
多くの課題はあっても、この町で生きていく……。
Qラーメンの味はどうですか?
〈子ども〉
「おいしい」
静かな港町にはにぎやかな声がどこまでも響いていました。