「よし、演技自体は、
ナチュラルな感じで出来たに違いない。」
「まずは、ここでヒノ君から
『高評価』を貰ってからがスタートだ。」
僕はある程度の手ごたえを感じながら
“評価発表”のタイミングを待った。
そして、演出家はまず、
もう1組のペアに評価を尋ねた。
返ってきた評価は
予想通り「高評価」なもの。
「うむ、やはり「返報性の原理」に支配されたこの空間では、
先に評価を発表する方も、必然的に「高評価」となってしまうのだな・・」
演出家
「はい、じゃあ君も評価をどうぞ」
そして演出家は、
次にヒノ君に評価を仰いだ。
ヒノ君
「そうですね~」
すまぬ、ヒノ君。
君がこのスタジオの空気を読んで
どんなに僕に「高評価」をくれようとも・・
君の演技ターンの時は、
僕は君の期待に沿う「評価」で応えることはできないんだ。
でも、仕方ないだろう?
これは“人生を賭けた”オーディションなんだ。
もう僕には後がない。
どんなやり方だって構わない。
絶対に合格しなければならないのだ!!
理解してくれ・・許してくれ・・ヒノ君よ・・
ヒノ君
「う~ん・・・・全然違いますね!」
・・・え!?
ヒノ君
「まず僕、そんな舞台本番前に
集中力高めるようなタイプじゃないし~」
お、おい・・
ヒノ君
「本番前は共演者とコミュニケーションを取ったり、
場をなごませたりしますね~」
ちょっと待て・・・
ヒノ君
「それに、僕、関西人なので、おしゃべりが大好きなんですけど」
それ以上・・
ヒノ君
「昨日、20分間のコミュニケーション取った時に、
彼は僕のそういう部分を想像できなかったのかなって・・」
否定しないでくれ・・・
ヒノ君
「おもいますわ~」
ヒノーっ!!!!!
僕はそのまま床に崩れ落ちた。
なんでや・・
なんでこうなるんや・・!!
終わった・・
これは、確実に終わった。
返報性の原則により
「高評価」をつけることが
マストとなってしまったこの空間で、
ここまで的確にヒノ君に
演技を「否定」されてしまったら、
必勝法も何もなにもない。
他の人全員がお互いに
「高評価」をつけられている中で
僕は唯一の「低評価」・・
もはや、
これでは「必敗法」だ。
しかも・・
ヒノ君が評価発表した後、
「君、しっかり評価してて、印象良いね」
なんて、演出家に褒められてたし・・
すべてはジャンケンさえ、
ジャンケンさえ負けて
後攻になっていれば・・
きっとこれらの賛辞は
僕に向けられるはずだったのだ…
いや・・・
でも、それすらも
この“只者ではない”演出家は
簡単に見抜きそうだし、
結局どんな方法を取っても、
僕は失敗する運命だったのかもしれない。
演技が未経験だからとか・・
周りは猛者ばかりだとか・・
他人ばかりと見比べるのではなく、
もっと純粋に僕は「演技」に向き合うべきだった。
今更大切なことに気づいても、もう遅い。
すでに後の祭りなのだ。