僕はマーシーと最寄り駅で合流し
足取り重いまま養成所へ向かった。
するとその道中、
マーシーが突然、僕にこう言ってきた。
マーシー
「ケント、本番悪くなかったよ。」
・・・え?
マーシー
「いつもみたいに変に頭でっかちになってなくて、
演技が自然な感じで良かったよ。」
なんと・・
用意してきた演技プランを
全く予定通りできなかった僕にとって
思いがけない
マーシーからの一言に僕は驚き・・・
そして、嬉しさがこみ上げた。
マーシーから褒められたのは
これが初めてだったのだ。
演技とは奥深いものだ。
何が正解なのか、
まったくわからない。
自分がダメだと思っても
意外と評価は良かったり。
きっと、その逆もしかり。
「音楽コース」から
「俳優コース」に変更して
まだ2か月ちょっと、
演技というものの
底知れない「おもしろさ」に
僕は少し気づいたような、
そんな気がしてしまった。
そして、
僕とマーシーは養成所に到着した。
オーディション結果は
いつもの「定期審査会」と同じく
掲示板に貼られているとのこと。
「誰がどこの芸能事務所から声がかかったのか」
「誰が何社から声がかかったのか」
という情報が一目でわかる、
なんとも単純で、そして残酷なもの。
つまり、
自分の名前が見当たらなければ・・
「終了」なのだ。
僕とマーシーは
掲示板の前にやってきた。
そして、ゆっくりと
オーディション結果に目を通した。
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僕
「名前、あった!」
掲示板に、僕の名前があった。
しかも、「5社」から指名されていた。
良かった。
本当に良かった。
僕は、少し涙が出そうになった。
この1年間、
いろんなことがあったけど・・・
これでなんとか「スタート位置」に
立つ権利を得ることができたのだ。
これからの流れは、
指名していただいた5社との面談を行い
その中から、
1社と正式に契約を結べれば
晴れて芸能界へ道が開かれる。
そんな喜びの最中、
僕はふと、
横のマーシーを見た。
マーシーは・・
浮かない表情をしている。
「え・・まさかマーシー、どこからも指名がなかったのか!?」
演技力抜群のマーシーに限ってそんなはずはない。
オーディション結果の中でマーシーの名前を探してみた。
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僕
「マーシー、名前あるじゃん!」
マーシーはしっかりと
数社から指名されていた。
僕は、少しホッとした。
そして、マーシーの表情に疑問を持ちながら・・
「どうしたんですか?」と尋ねてみた。
マーシー
「俺、芸能目指すの辞めるわ」
僕
「え!?」
僕は驚いた・・・
なんで?
ここまで頑張ってやってきて・・・
勝負のオーディションでも
ちゃんと芸能事務所から指名されて・・・
辞める理由が、
どこにあるというのだ。
僕はマーシーに
詳しく話を聞いてみた。
すると・・
マーシーは、
最初から、行きたい事務所を
「1社」に絞っていたとのこと。
そして、今日。
オーディションの結果を見て・・・
その事務所から
”指名されていなかった”
だから、辞める、とのこと。
僕
「マーシー・・・・」
改めて、
マーシーという男は凄い男である。
これほどまでに、
「強い覚悟」と「強いこだわり」を持って
この1年間、
そして、
“勝負のオーディション”に臨んでいたのだ。
僕は、マーシーの想いを聞いて
心にポッカリ穴が開いた感じになった。