演出家
「はい、ここまで。では、10分後に刑事シーンから再開します」
そう言うと、演出家はいつものように
スタジオの外へ続く階段を上っていった。
カサハラ
「(あぁ・・また全然ダメだった・・・)」
この日2回目の、
「冒頭から刑事登場のシーン」までの稽古が終了。
僕は、グッタリと壁に寄り掛かりながら、水を飲んだ。
容疑者役は、とても体力の使う役である。
冒頭から刑事登場までの
およそ20分ほどのシーンのだけでも・・
僕はヘロヘロになった。
カサハラ
「(容疑者役の8人は、ほぼ舞台上に出ずっぱだから・・2時間近くもこの熱量と緊張感を持ち続けなければならないのか・・・みんな凄すぎる・・)」
僕はと言えば・・・
先と同じように”代役”とは言え、
「セリフのタイミングは逃すわ」
「セリフを噛み倒すわ」
の、オンパレード。
まさに”滅茶苦茶”の代名詞。
もはや、独壇場。
”1回目”の終わりに、
「例えば誰かと会話している時に、『テンポがずっと一定』だったり、一切『言い間違え』や、『言葉を噛んだりしない』なんて、普段の生活ではありえないことですよね?」
「”上手く表現しなくてはならない”なんて考えは捨ててください。その空間に”自然に存在”することを意識せずに、意識してください。」
と、演出家が言っていたけれど・・・
やっぱりどこか納得がいかないというか・・
自分的には”腑に落ちない”状態が続いていた。
完全ヤンキー
「お疲れさん~どないしたんや?」
完全ヤンキーがやってきた。
カサハラ
「うーん・・演出家はああ言ってましたけど・・・やっぱり僕としては、セリフのタイミングを逃したり、噛んでしまうことを正当化できないというか・・自分の実力のなさに甘えてしまうのは違うような気がしていて・・」
完全ヤンキー
「う~ん、なるほどな~。まぁ、そこは難しいところやけど、そこが演技の面白いところでもあるからな~」
カサハラ
「・・・面白いところ?」
完全ヤンキー
「まぁ、うまく説明はできへんけどな~」
そういって、完全ヤンキーは笑った。
カサハラ
「やっぱり奥が深いんですね・・演技って」
完全ヤンキー
「せやで。あ、そや、ヒノウエさんに挨拶しに行こか?」
カサハラ
「え?」
完全ヤンキー
「これから同じ”遺族役”としてこの作品を作り上げていく仲間や。コミュニケーションとることは大切やで~」
カサハラ
「確かに、そうですね・・行きましょう!」
僕らは、稽古再開までのわずかな時間を使って、
演出席の横で台本を読み込んでいるヒノウエさんに、挨拶に行くことにした。