演出家
「なるほどね。」
オーディション組の感想を聞いた後、
演出家はゆっくりと口を開いた。
演出家
「本役メンバーはすでに1週間稽古をしているから分かるだろうけど、オーディション組はやはり、そうなると思ったよ。」
カサハラ
「え?」
演出家
「君たちオーディション組は、役者をどういうモノだと思っている?」
え?
オーディション組
「えーっと・・・」
突然の演出家からの質問に、
僕らオーディション組は固まってしまった。
役者とは、何なのか・・?
演出家
「まぁ、突然聞かれて、答えるのは難しいだろう。おそらく君たちが考えている”役者”というものは、いかに見ている人に分かりやすく”表現”できるかが大切だと思っているのでしょう?」
確かに、見ている人がどんな状況か
分かりやすいように”表現する”ことは
とても大事なことだ・・
ド素人の僕でも、
その考え方は正しいと思う。
演出家
「しかし、本当の”役者”というものは、違う」
カサハラ
「え?!」
演出家
「役者は、”表現” なんて、してはならないのだ。」
カサハラ
「な・・・なにぃーーー!?」
青天の霹靂だった・・!!
役者って、演技力で、表現力で、
見ている人に感動や、喜び、悲しみ・・
そんな、いろんな感情を
与えるものではないの・・!?
僕は今の今まで、役者とは
”そういうもの”だと、勝手に思っていた。
演出家は続ける。
演出家
「きっと今の説明では分かりにくいと思うが、こう考えてごらん。君たちが演じている台本の“容疑者役”は、見ている人に何かを感じてもらおうと、普段から“表現”しながら、その人生を送っているのかい?」
・・・ん?
どういうことだ?
オーディション組はみな
ポカンとした表情をしている。
演出家
「じゃあ、もっとわかりやすくしてみよう。君たちは普段、誰かに何かを感じてもらおうと”
表現しながら”生活しているのかい?君はどうだ?」
カサハラ
「・・・いいえ・・そんなことを考えながら、普段生活はしないですね・・」
演出家
「だろう?じゃあ何故、2回目の”冒頭のト書き”のシーン稽古では、その容疑者役の人生を”表現“してしまったんだい?」
カサハラ
「そ、それは・・・」
演出家
「それは、役者は”表現しなきゃいけない”と思い込んでいるからだ」