そう、声をかけて来たのは、
関西弁を話す、見た目が
“完全ヤンキー”の長身男性。
僕とは別の、
“オーディション午前の部”の
合格者の一人だった。
僕
「ヒノ君と、お知り合いですか?」
完全ヤンキー
「あぁ、知り合いって言うか、同じ事務所やねん」
僕
「え・・・事務所に入ってるんですか!?」
まさかのカミングアウトだった。
この舞台のオーディションは、
芸能事務所の所属者NGで、
“フリー限定”の募集だったはず。
なぜだ・・
なぜ、芸能事務所の所属者が・・
オーディションに参加しているんだ!?
しかも、話によると、
ヒノ君も、この完全ヤンキーさんと
同じ事務所に入っているという・・
2人とも、
それはルール違反じゃない!?
僕は、少し裏切られた気持ちになりながら、
話の続きを聞いてみることにした。
僕
「この舞台のオーディションって、フリー限定ですよね?
事務所所属者はエントリーできないはずじゃないんですか!?」
完全ヤンキー
「ああ、それな~。もう俺、今の事務所を辞めようと思ってんねん。つまりフリー希望や。せやから、このオーディションにエントリーしても大丈夫やろと思ったんや~」
僕
「そんなのアリなんですか!?」
完全ヤンキー
「一応、書類審査の時に、『事務所を辞めるつもり』ってこと伝えておいたから、OKだったみたいやねん。ちゃんと演出家も了承済みってことやな~」
僕
「な、なるほど・・」
いやいや、そんなのありなのか!?
なんとなく釈然としないまま、
さらに話を聞いてみる。
僕
「そいうえば、さっきヒノ君も同じ事務所って言ってましたよね?」
完全ヤンキー
「せやで、同じ事務所やで。●●●ってところ~。知っとる?」
僕
「え!?それって、〇〇さんや、△△さんが所属してる、あの事務所ってことですか!?」
完全ヤンキー
「せやで」
衝撃の話だった。
ヒノ君と、
完全ヤンキーさんは、
誰もが知る売れっ子タレントさんが
何人も所属しているような・・
“大手芸能事務所”に
所属している役者さんだったのだ。
僕
「ってことは、ヒノ君とは、その事務所で知り合いなんですか?」
完全ヤンキー
「いや、連絡先は一応してるけど、お互い顔見知り程度やな~。たぶんヒノ君も、俺と同じように事務所を辞める予定で、このオーディション受けたんちゃうかな?」
僕
「え!?ヒノ君も、その事務所を辞めるつもりなんですか!?」
もう、意味がよく分からない。
完全ヤンキーさんはさっきから
「事務所を辞める」と連呼しているが・・・
僕からしたら、何故そんな
“大手事務所”を辞める理由があるのだと。
そんな大手の芸能事務所に所属していれば、
大きい仕事とか大きい作品とかに出れるんじゃないの!?
チャンスが巡ってくる数も、
フリーの状態とは天と地の差じゃないの!?
何故、そんな環境を捨ててまで
2人は事務所を辞めてフリーになりたがるの!?
僕には、それが
不思議でたまらなかった。
何というか、
勿体ないと言うか・・
羨ましいと言うか・・
完全ヤンキー
「まぁ、演出家はこのこと知ってるハズやけど、他のオーディション組には、とりあえず内緒にしといてや~」
僕
「は、はぁ・・」
内緒にしようも何も、
完全ヤンキーさんの声のデカさから、
みんなに聞こえていた可能性は非常に高い。