演出家がスタジオに戻ってくると、
完全ヤンキーと僕は”ヒノ君降板”について、演出家に報告した。
演出家は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、
すぐさまストレッチレディを呼び出して・・
演出家
「”アイツ”に連絡しておいて」
とだけ伝え、ストレッチレディは、それに頷いた。
カサハラ
「アイツ・・?」
アイツって何だろう・・?
誰なんだろう・・?
まさか・・
「殺し屋」ってことはないよね!?
勝手に降板したヒノ君を
怒り任せに”処分”するとか・・・
でも、この只者ではない演出家と、
ストレッチレディのことなら
あり得ないことはない・・・
「(逃げろ、世界の果てまで逃げるんだヒノ君・・・!)」
と、まぁ・・
馬鹿げた妄想はこの辺にして。
演出家
「では、稽古を再開します」
演出家がそう声をかけると、
再び一瞬にして稽古場に緊張感が走る。
演出家
「”冒頭のト書き”の続きからいきます。準備してください」
カサハラ
「(ゴクリ・・・)」
僕は息を飲んだ。
そして
一気に全身が強張り、震えだす。
そう。
ここからは遂に
”セリフあり”の稽古となるのだ。
”冒頭のト書き”のシーンも、
もちろん容易なものではなかったが・・
やはり”セリフ”があるとないとでは、
その難易度もプレッシャーも・・・
雲泥の差だ。
しかも
前日に見学していた時も、
そのスピード感、掛け合いの速さ
途切れることのない緊張感
というものを目の当たりにして・・
容疑者役8人の凄まじいポテンシャルに
度肝を抜かれていたばかりだった。
カサハラ
「(そんなシーンに・・これから僕も”代役”で入ることになるのか・・・)」
僕の他にも完全ヤンキーを
含めて3人”代役”がいる。
しかし
その3人も演技経験豊富な
”猛者”ばかり。
完全なるド素人は
”僕ひとり”
低レベルぶりを
露呈してしまうのではないか・・・
足を引っ張ってしまうのではないか・・・
邪魔をしてしまうのではないか・・・
そう思うだけで、
僕の心臓ははち切れそうになった。