コメンテーターの石田健さんが新潟の老舗企業の可能性に迫るコーナー「ポテンシャル」。
今回は新潟市の古町地区の洋食器店についてシリーズでお伝えします。
明治時代に西洋ランプの輸入販売から始まった会社の歴史。
独創的な食器づくりの背景には「大転換」の歴史がありました。
いつの時代の食卓にも欠かせない「食器」。
この「食器」で数々の名品を世に出しいまも光が当たる老舗があります。
花街の文化が色濃く残る新潟市の古町地区・・。
<<石田さん>>
「こんにちは石田健です。今回は古町に来ています。趣ある石畳に歴史を感じさせる建物が並んでいますが、今回密着するのは老舗の洋食器店です。この地で140年近くにわたり店を構え、独創的な食器を生み出しています。老舗に宿るポテンシャルとは」
新潟市中央区の「大橋洋食器」。
さまざまな形のカップやグラスがところ狭しと並んでいます。
「こんにちは石田と申します、よろしくお願いします」
「大橋洋食器の星野と申します。よろしくお願いいたします」
星野まどかさん。
創業家に生まれ現在は経理などを担当。
会社の経営を長く支えてきました。
店内を見回すと独創的なデザインの商品が次々と目に飛び込んで来ます。
<<石田さん>>
「かなりユニークなというかシンプルなものもあれば面白い形のものがある。
こういうものもオーダーがあってつくられている?」
「はい、そうです」
こちらは船の形をした食器。
兵庫県のホテルに向けてアフターヌーンティー用の器として、開発しました。
そして、この皿には金属の部品が埋めこまれています。
ある自動車メーカーのために特別に制作したといいます。
<<星野まどかさん>>
「それぞれのホテル、レストランが差別化したい、自分たちのオリジナリティを出したいお客様をびっくりさせたいという気持ちで私どもにお声をかけてくださって作らせていただいております」
会社の始まりは、明治時代の中ごろにさかのぼります。
「こちらが当初のランプ」
「これは輸入して販売していたもの?」
「そうですね」
初代・大橋正吉が古町地区に「大橋商店」を開業したのは今からおよそ140年前。
当時 始めたのは、石油ランプの輸入・販売業でした。
開港とともに海外から石油ランプが入るようになり大橋商店は「文明開化」の風を新潟にもたらしました。
しかし、やがて世界は「電気」の時代となり、ランプの需要が減ると食器の販売へと業態を変化。
輸入販売で培った目利きを生かし古町の料亭やホテルなどに食器を納めるようになったのです。
店には当時の貴重な食器が残されていました。
<<星野まどかさん>>
「昔 仕入れていためずらしいもの」
これは皿を温めるための「器」。
電子レンジなどがなかった時代、西洋から輸入して新潟のレストランに納めていたといいます。
昭和天皇皇后両陛下が新潟にお越しになった際に使われた食器も・・。
「いわゆる国体の時に来た際のものなんですか?」
「そうですね、天皇皇后両陛下がいらっしゃるということで特別な金線を入れさせていただいて
納めたと聞いています」
「なるほど。食器を頼むなら大橋さんに頼もうみたいな感じはあった?」
「新潟県内のお客様はそう考えてくださっていたと思います」
長く古町の一帯で多くの食器を納め花街の文化を支えてきた大橋洋食器。
売り場の奥にある小さな工房。
開発やデザインを担当する清水さんです。
<<石田さん>>
「もう入ってきたときから何か動いているなと思ったんですけど、これが試作品とかですか?」
「そうですね、こういった3Dプリンターとかはご覧になったことはありますか?」
「はい、見たことはあるんですけど、こうやって動いているのはなかなか珍しい」
新たな商品のアイデアや模型はここから生み出されています。
こちらの不思議な形をした作品・・。
<<石田さん>>
「これなんですかね?間が空いているので、くっついているわけではない」
<<清水さん>>
「ぱっと見た目これが食器なのかどうなのか、食に関するかわからないですよね」
円すいの形をした食器。
軽井沢のレストランに納めるために開発したといいます。
<<清水さんと石田さん>>
「浅間山ですね、それがちょうど見えるレストランで、その窓から見える浅間山を切りとったような器、デザインしてくれないかと」
「器…なるほど、こうなるんですね、これは確かにかわいい」
「特にいまインバウンドの方が多く来られてますので、オリジナルの食器が欲しいというニーズが高まっている、普通に卸売りで仕入れてというものじゃなく、お店だけのものが欲しいと」
いまでは自社開発にも力を入れる大橋洋食器。
そこに至るまでには大きなきっかけがありました。
昭和の後半、日本が高度経済成長を迎えると人々の暮らしも変わり、新潟にも洋食の文化が根付き始めました。
そうした中・・。
創業100周年の節目となった1986年。
会社の歴史を変える“ある人物”が入社します。
まどかさんの父、4代目の大橋厚男さんです。
創業者・大橋正吉の孫、恵津子さんと結婚。
養子縁組でやってきました。
当時 卸売りで、順調に売り上げを伸ばしていた大橋洋食器。
ところが・・。
日本経済のバブルが崩壊。
するとホテルや料亭からの需要が激減。
最盛期は5億円にのぼった売り上げは急速に落ち込みました。
この時 厚男社長は、卸売りが柱の経営に限界を感じ自らもデザインに力を入れ始めました。
<<星野まどかさんと石田さん>>
「こちらの藤の柄が入っているカップ&ソーサは私の父が自宅で夜な夜なデザインしているのを
私も見ました」
「何回もダメ出しをいただいてやっとできたものだと言ってましたね、大変だったみたいですけど」
「ものづくりにかなり情熱があって」
「そうですね、楽しんでやっていたと思います」
ただ・・。
その後もネット販売の浸透や、低価格の商品との競争の中、経営は岐路に立たされます。
すると厚男社長は、新たな路線に舵を切ったのです。
会社の存続をかけた大きな挑戦・・。
しかし・・。
<<星野まどかさん>>
「全部津波に流されてしまった、職人さんも亡くなりました」
そこには多くの困難が待ち受けていました。
―――続きは【ポテンシャル】後編に続く