リハーサルが終わると、
僕とマーシーはまた
男子トイレの手洗い場に向かった。
「勝負のオーディション」
その開始時刻が刻々と迫ってくる。
「俳優・タレントコース」のメンバーは
各々また控室で最後の調整に入る。
壁に向かって「演技」の
最終確認をする人もいれば・・
体育座りをしながら目を閉じて
「集中力」を研ぎ澄ます人もいる。
この日の為にみな
1年間必死に努力してきたのだ。
本番で「ベスト」を尽くすため、
最高のパフォーマンスを披露するため、
そして・・・
自分の夢を掴むため。
残された時間を
最大限に活用しているのだ。
そんな中、
僕はマーシーから
「これ以上練習しても変わんないから、
トイレでだべろうぜ」
と誘われ、オーディションの開始時間まで
マーシーと一緒にトイレでたわいもない話をした。
とは言っても、個人的には
「本番までの残りの時間、
少しでも練習したいんだけど・・・」
という焦りがぬぐえなかったので、
たわいのない話で笑い合いながらも、
“会話の内容はまったく頭に入らない”
そんな状態だった。
スタッフさん
「では、これからオーディションの開始となります。
まずは【前半組】のみなさん、ステージ袖に待機してください」
僕
「遂に来ましたね・・・」
マーシー
「あぁ。じゃあ先に行ってくるわ。」
僕
「はい。ご武運を」
マーシーと僕は固い握手を交わした。
僕
「ん?」
マーシーの手は、
少し汗で滲んでいた。
僕
「(マーシーも緊張しているのか・・・?)」
マーシーは、
いつでも平常心。
どんな時も物怖じしない、
カッコイイ、まさに男の中の男。
緊張する素振りなど、
これまで一度も見せたことがなかった。
しかし・・
そんなマーシーも、
おそらく緊張している。
手を握るまで、
まったくそれは分からなかった。
僕
「はっ・・・」
僕は思った。
「もしかしたらマーシーは・・・
普段から自分の姿を
“客観視”しているのかもしれない」
マーシーが思い描く
「理想のマーシー像」
その理想に近づけるために
普段の生活から
自分の行動、姿、
在り方をしっかりと客観視して・・・
「マーシーと言う人間は、
何にも動じることはない。」
「マーシーという人間は、
緊張なんてしない。」
そんな、完全体の“マーシー”を
作り上げていたのかもしれない。
そうだ。
普段から自分を客観視できる
マーシーだからこそ、
あの自然体でレベルの高い
「演技」を披露することもできるのだ。
しっかり自分を見つめ、
「自分らしさ」を
最大限発揮できる演技を。
すべてが勝手な
想像の範囲の話だけれど・・
僕はなんとなく
すべてが繋がったような気がした。
長髪の教務主任からも
「もっと自分を客観視しろ」
そう何度も指摘された。
僕に本当に足りないものは・・・
自分を「客観視」する
ことなのかもしれない。
僕は今まで
「理想」の自分像や、
「テレビに出る人になれた後」の
自分像なんかを
ただただ想像したり、
妄想したりしてきた。
だが、果たして・・
「その想像上の、妄想上の自分は・・・
今の自分の姿と一致しているのか?」
「ちゃんと、今の自分を客観視できているのか?」
いや・・・
できていなかった。
理想の自分像は、
いつも遥か先を歩いてばかり。
なのに、
今の自分はそれに近づこうともせず、
ただただ平行線を辿るだけ。
「まだまだこれから。
そのうち理想の自分になれるはず」
だなんて、
いつも甘い考え方しか
持ち合わせていなかった。