スタッフさん
「では、みなさん会場の方へどうぞ。」
総勢60人の侍たちは、
一斉に戦地へ向かい歩を進めた。
「原宿クエストホール」の中へ入ると
一本の長い道の先に、
戦地「勝負のパフォーマンスステージ」が見えてきた。
「原宿クエストホール」の
観客席のキャパはおよそ400人。
その観客スペースに、
ぎっしりと埋められた
パイプ椅子の数を眺めると・・・
これから相まみえることになる
「芸能関係者」の人数規模に
体の内側から沸き立つ“武者震い”を
僕は止めることは得なかった。
スタッフさん
「では、この控室で各自、
オーディションに向けて準備してください。」
そう指示されると、
僕たちオーディションメンバーは
60人収まるのが
やっと大きさの控室で、
肩身を寄せながら
各々オーディションに向けて準備を開始した。
ちなみにオーディションの流れは
【前半組】と【後半組】に分かれている。
【前半組】はパフォーマンス時間を1分間与えられた
いわゆる「上級組」。
審査会で3位の成績を残したマーシーは
当然【前半組】のメンバーだ。
そして、
僕はもちろん【後半組】。
僕ら【後半組】は、
30秒という限られた時間の中で
自身の最大限のパフォーマンスを
披露しなければならない・・・
僕とマーシーは、
肩身の狭い控室から出ると、
男子トイレの手洗い場の前で
オーディションに向けて
2人で最後の練習を行った。
お互いに「演技」を確認し合い、
相変わらずマーシーからは
「下手クソだな」
と罵られながらも
来たる勝負の時に向けて
最善の準備を整えた。
すると・・・
スタッフさん
「では、これから簡単なリハーサルをするので、
観客席に集合してください」
とのアナウンスがあった。
このリハーサルでは
パフォーマンス時間は省略されて、
オーディション本番の流れを
順に確認するというものだった。
まずは【前半組】から
リハーサルがスタート。
僕ら【後半組】は
観客席のパイプ椅子に座りながら、
それを眺めていた。
エントリーNo.1の人から
順番にステージ上に登場し、
立ち位置と流れを確認し、
終わったら反対側の袖にハケてゆく。
マーシーは【前半組】のおよそ真ん中、
20番目くらいで登場。
いつも通り、まったく緊張している素振りもなく、
淡々と段取りをこなしていくマーシー。
「さすがはマーシーやな・・」
改めて、この大舞台を前にしても
平常心でいられるマーシーの強心臓に感心するばかりだった。
そして・・
【後半組】のリハーサルの番。
僕は前半組からあわせて、
エントリーナンバーは「55番」
60人中、
だいぶ最終盤での出番となる。
僕はステージ袖から
前の人たちの段取りを確認する。
「なるほど。まず袖から出たら・・・
ステージ中央のバミリ(✕印)の位置で止まって自己紹介と・・・」
自分の番が来たときのために
しっかりと流れをチェック。
そして、「54番」の人が終わり・・
僕の番がやってきた。
スタッフさん
「ではエントリーNo.55。カサハラケントさん、お願いします。」
僕
「はいっ!!!!」
まだリハーサルとは言えど、
このあとは遂に「勝負のオーディション」。
僕は本番を想定して
気合いの入った返事をし、
舞台袖からステージのバミリの位置まで
しっかりとした足取りで向かった。
そして、バミリの位置につくと
僕は観客席の方に顔を向けた。
「うおぉぉ・・・」
ステージ上から見る観客席の圧迫感に
僕は一気に押しつぶされそうになった。
「今はまだスタッフさんしか観客席にいないけれど、
本番では、ここが埋め尽くされるほどの“芸能関係者”が集まるのか・・・」
僕は、想像しただけで身体が震えた。
ちなみに、これは武者震いではない。
完全に「ビビリ」から来る
そのものだった。
僕はステージ上で
立ち尽くしていると・・
「おい、それじゃダメだろ!」
と言う声が観客席から聞こえた。
僕はその声の方を見ると
あの「長髪のいかにも業界人っぽい教務主任」だった。
長髪
「お前、袖から出てくるとき下を向きすぎだ!
それだと自信がないように見えるぞ!」
僕
「はっ!!」
僕は段取りを間違えないように
ステージ上の「バミリ」をしっかり確認しながら
歩いて出てきてしまったため・・・
傍から見たら
「下を向いている自信のない人」
に見えてしまっていたのだ。
僕
「す、すみません!」
長髪
「ちゃんと自分の姿を客観視しろ!」
これは、補講の時にも
この教務主任から注意されたことである。
僕
「ありがとうございます!」
長髪
「はい、次!」
僕は自分の番が終わると、
そそくさと反対側の舞台袖へとハケた。
マーシー
「お前、本当にポンコツだな」
僕
「てへぺろ」