オーディションは
5人一組で行われるようだった。
エントリー順に5人が審査員3人の前に進み、
「自己紹介」、そして「演技審査」という流れになっていた。
所用時間は一組およそ10分程度。
“僕の組”の番が近づくと
オーディションの様子も
はっきりと伺えるようになってきた。
「少しでも自分の番で上手くできるように、
しっかりと前の人たちのオーディションの様子を見ておこう・・」
階段の中段辺りにしゃがみ込み、
手すりの隙間からその様子を・・
僕はじっくり見つめることにした。
「エントリーナンバー70番、〇〇です!~~~
特技は・・・」
参加者たちは
簡単な自己紹介をしたあと、
自信のある特技を
どんどん披露していった。
それは、
ダンスであったり、歌であったりと・・
みな“表現力”を有するものばかり。
「わぁ・・ダンスも歌もうまい人だらけだ・・・
一年間音楽コースでレッスンしてきたけど、
僕は歌を披露するのはやめておこう・・」
このオーディションに来るメンバーは、
ただ「練習」してきたダンスや歌を
この場で披露しているという訳ではない。
それは、
実際に舞台やステージなどの
“本番”で披露したことがあるような
「ホンモノ」ばかり。
表現力はもちろんのこと、
その人たちから溢れ出てくる「自信」というものが
今まで感じたことのないようなものばかりだった。
「付け焼き刃の僕の”歌”なんて、
ここでは勝負にならない・・・
でも、
僕には”逆転の一手”がある。
絶対にうまくやってみせる・・・!」
そう思いながら僕は
後ろポケットに入っている”ソレ”をギュッと握りしめた。
自己紹介と
それぞれの特技披露が終わると・・
次は演技審査に入っていく。
「一体どんな演技審査が行われるんだろう・・・」
台本を使って一人ずつ
演技をさせられるパターンなのか・・・
それとも
5人全員で何かのストーリーにのっとった
台本で演技するパターンなのか・・
浅い知識のなかでも、
僕は懸命に想像を膨らませた。
しかし・・・
僕の予想は
簡単に裏切られることとなった。
演出家
「想像してください。
皆さんは今、豪華客船の中にいます。
その豪華客船は氷山にぶつかり、浸水し、
もうすぐ沈没してしまいます。では、どうぞ。・・・パン(手の音)」
「え?ななな、なんじゃそりゃ!?」
こんな演技審査ってあるのか!?
これっていわゆる”即興芝居”と言うやつか・・?
え、こわいこわい!!
どうやればいいの?一体、どうやればいいの!?
審査を受けている5人も
いきなりのことにポカンとしている。
しかし、
少しずつ状況を理解したのか・・
5人は一斉に
「沈没しかけている豪華客船の中にいる人」
の演技をスタートしていく。
「きゃー!!!!」
と叫ぶ人もいれば・・
「誰か助けて!!」
と慌て始める者に・・
言葉を出せず
”震えてその場でしゃがみ込む”人も・・
みんなそれぞれ見事に
「沈没しかけている豪華客船の中にいる人」
を“表現していた”
「わぁ・・凄いなぁ・・
急に指示されてされて
咄嗟に演技をスタートできるなんて・・
やっぱり場慣れしている人は違う・・」
僕は”違い”を
まざまざと見せつけられて
感心するとともに
一体自分には、これができるのだろうか・・
という大きな不安に
襲われることとなった。