稽古が終わって
みな帰り支度をし始める。
僕も更衣室で着替えをすませると
階段を上がり、スタジオの外へと出ていく。
日中はだんだん暖かくなってきたけど
夜になると風は、まだまだひんやりとしている。
稽古後の火照った身体には、
その夜風が気持ちよく・・
『(今日も何とか乗り切ったぞ・・!)』
稽古の序盤は、そんな
小さな達成感に満たされる日が多かったのを思い出す。
「そっか・・このスタジオも今日でお別れなのか・・・」
およそ2週間前
”書類審査通過”の一報を受けて
初めてこのスタジオに来たときは、
こんな未来が待っているなんて
想像もしていなかった。
まだまだその時は、夢、希望、そして、
もう後のないプレッシャーをリュックに詰め込みながら
演技の”え”の字も
分からない状態で飛び込んだ。
オーディションは、
すべてがキラキラして見えた。
それは、
“楽しくて堪らない”という訳ではなかったが・・
でも
一つ一つの困難、難題を、
『(絶対に乗り越えて見せる!勝ち取ってみせる!)』
そんな強い気持ちだけで走り抜けた。
その結果
舞台の出演を勝ち取れた瞬間は
本当に涙が出るほど嬉しかった。
『(やってよかった・・諦めなくて良かった・・・)』
でも、今となっては
その時の気持ちすら羨ましく思う、輝いて見える。
実際の、”演技”の世界とは
想像を遥かに超えるモノだった。
これほどまでに、辛くて、苦しくて、
どれだけ考えても分からない。
考えれば、その先に
必ず正解が見つかるモノでもない。
いつまでも続く”暗中模索”。
でも、周りのみなさんは優しかった。
完全ヤンキーさんをはじめ、オーディション組のみんな
キャストの皆さん、そして、あの演出家も。
だからこそ、辛かった。
「(どうして、僕だけできないのか・・)」
完全ヤンキー
「ケント~お疲れさん~!」
完全ヤンキーだ。
彼も帰り支度を終えて、スタジオの外へ出てきた。
カサハラ
「今日も、いつのもお店行きますか?」
完全ヤンキー
「あーごめんな~!今日これから用事あってん!」
カサハラ
「あ、そうなんですね・・」
完全ヤンキー
「まぁ、明日小屋入りのあとにまた飯行こで~ほな!」
そう言うと完全ヤンキーは
新宿の街へ小走りで向かっていった。
カサハラ
「(今日は少し話したかったな・・・)」
僕は肩を落としながら
駅の方へ向かってゆっくりと歩き出した。