Nさんは、カバンの中から 一冊の雑誌を取り出した。
それは、
『オーディション雑誌』だった。
僕
「それって・・・?」
Nさん
「私ね、ケントには芸能界を目指してほしかったの。」
僕
「え!?」
Nさん
「でも、ケントにその気がないなら、もうこれは必要ないわね。
変なこと言ってごめんなさい。」
僕
「(え!?どういうこと!?ちょっと待って?!)」
僕は動揺した。
まずは、自分のとんでもない
妄想の一部始終を心の中で恥じたあと、
僕
「あの、Nさん・・実は、僕・・・」
僕は、思い切って、
自分の夢をNさんに打ち明けた。
小さい頃から
「テレビに出る人」に憧れていたこと。
上京する直前、
タカモンと交わした“あの日の約束”のこと。
そして、興味がないフリをして、
実はいいとも!出演の日は、
テンション爆上がりだったこと。
どれも言葉にして話すと、
恥ずかしい内容ばかりだったけど、
Nさんは真剣に
それを聞いてくれた。
Nさん
「ケント、ありがとう~!
素直に話してくれて、私嬉しい!」
気が付くと、
いつものNさんに戻っていた。
僕
「いえ、僕も話せてスッキリしました。」
Nさん
「いい表情になったわね!そのナチュラルさがケントの持ち味よ!
きっとこの間のグランプリもそこが評価されたのよ~!」
・・・なるほど。
そう言われると、
少し納得のいく部分もある気がした。
Nさん
「でもね、ケント。
それだけじゃ、芸能界では生きていけないの。」
僕
「え・・・?」
Nさんの表情が一変した。
Nさん
「この間は一般参加コーナーだからうまくいったけど、
本気で芸能界で成功を目指すならこのままじゃダメ。」
僕
「そ、そうなんですね。」
元アイドルのNさんの言葉は真実味がある。
僕は、おそるおそる先日のことを聞いてみた。
僕
「この間の、本番中の僕の立ち振る舞い、
Nさん的にはどうでした?」
Nさん
「あのコーナーならあれでOKだけど、
芸能界目指すなら全然ダメ。
完全に素人のソレだったわ。」
分かってはいたが、
グサりと心に突き刺さる。
何が“スペシャルな男”だ。
数分前の自分の妄想を再度恥じた。
僕
「そしたら、
僕どうすればいいんですかね・・?」
Nさん
「そこで・・・これよ!」
Nさんはオーディション雑誌を開き
とあるページを指差した。
僕
「某芸能養成所・・・特待生オーディション?」
Nさん
「そう!ここで、まずは基本の勉強をするの!
何事も基本が大切よ~!」
僕
「なるほど・・・」
Nさん
「ケントは俳優としての素質があると思うの。
私が言うから間違いないわ!」
僕
「俳優ですか・・?」
Nさん
「そう!この養成所には、
“俳優コース”、“タレントコース”、“音楽コース”があるから、
ケントは俳優コースのオーディションを受けて、
演技の勉強をするのが一番いいと私は思う。」
僕
「え、演技か・・」
オーディション要項を読むと、
俳優コース、タレントコースは“演技審査”、
音楽コースは、“歌唱審査”があると書いてあった。
僕
「僕、演技って一度もやったことないんですけど・・
それでもオーディション受かりますかね・・?
よく友達とカラオケに行くんで、どちらかというと
歌唱審査の方が上手くいきそうな気がするんですけど・・」
僕は、演技オーディションを受けることが
とても不安だった。演技って未知の世界過ぎて。
Nさん
「大丈夫よ~!最初から上手くいく人なんていないわ。」
僕
「そうですか・・?
でも、カラオケでよく90点以上とか出てるんで、
僕は歌のオーディションの方がいいかなと思うんですが・・」
僕はどうしても演技審査に自信がなく、
歌唱審査で出してもらえないか食い下がる。
Nさん
「カラオケの採点なんてね。テキトーよ。
あんなのあてにならないわ」
Nさんも譲らない。
僕
「でも、演技審査でダメダメでオーディションに落ちたら
元も子もありませんよ・・」
どうにか活路を見出そうとする。
Nさん
「審査でダメダメでもだったとしても、
ちゃんと素質があるか、そこで見極められるのよ。」
ケントなら絶対大丈夫だから安心して!
俳優コースに挑戦するのよ!」
さらに畳みかける、Nさん。
僕
「・・・。
わかりました。」
僕は屈した。
Nさん
「大丈夫!
私を信じて、自分を信じて!」
僕
「はい・・・」
結局、Nさんの励ましの言葉をいくらもらっても、
僕はその日、演技審査に自信を持つことはできなかった。
カサハラケント (笠原賢人)
1988年5月17日生まれ
新潟県新発田市(旧紫雲寺町)出身
2011年、大学を卒業後、
役者・絵描き・クリエイター活動を開始。
役者としては、
主に舞台(40本以上)やCM等で活動。
絵描き・クリエイターとしては、
個人や企業・行政から依頼多数。
横浜の商業施設でのグッズ販売に、
ZeppTokyoで開催されたファッションイベントでは
自身作成のロゴがメイン採用。
2019年には、
地元新発田市の図書館で個展も開催。
また、2018年からは
新発田市と共同でプロモーションムービーを制作。
2021年に高校生とともに企画・制作したCMは
「新潟ふるさとCM大賞」で準グランプリを獲得。
その他にも、
舞台やコントライブの脚本や、
人気バンドユニットの小道具制作など
幅広くクリエイター活動を展開。
将来の夢は、
「新発田で映画を撮る」こと。
そして、全国の人に
「新発田」を「しばた」と
読んでもらえるようになること。