「では、今日の稽古はこれで終了とします。本番も近いので、体調を崩すことのないよう気を付けてくださいね」
そういうと
演出家はスタジオを後にした。
この日の稽古中
“遺族たち”がセリフをしゃべるチャンスを
与えられた”2回目の登場シーン”の稽古で
ヒノウエさんを筆頭に、
”僕以外のオーディション組のみんな”は
どんどんセリフを差し込んでいき・・・
見事それぞれのセリフが
演出家から採用されることとなった。
結局、僕は・・・
そのチャンスすべてで
一言もセリフを発することが出来ず・・
それどころか
”何かセリフを話さなければ”
という意識が
どうしても頭から離れず・・
神谷椎太郎として
”そこに立つこと”
すら、全くできなかった。
しかも・・
演出家は僕が
苦悩している様子が面白いのか
一度目が合った時には
ニヤニヤとこっちの方を見て笑っていた。
くぅ・・・
さすがに・・
さすがにこれは
精神的にクルものがあるぞ・・・
と、帰りの支度をしながら
この日の稽古を苦い記憶を思い返していると・・
「ほなケント、飯でもいくか~」
いつも通り
完全ヤンキーからのご飯の誘いだ。
カサハラ
「う~ん・・今日はちょっと神谷椎太郎の精度を上げていきたいので、ご飯は・・・」
完全ヤンキー
「そんなの家に帰ってからでええやん~」
カサハラ
「でも、もう本番まで少しですし・・少しでも一人で集中できる時間作りたくて・・」
完全ヤンキー
「いやいや、一人で考え過ぎても、ラチあかへんで~」
カサハラ
「いや、でも・・」
完全ヤンキー
「まぁ、ええからええから~!ほな、いくで~!」
カサハラ
「ちょ、ちょっと・・」
そういうと
完全ヤンキーは半ば強引に
僕を夜の新宿へと連れ出していった。